Robbin - コドモノチカラ - (3)
「失踪した旦那を探すんですか」
津田は面白くなさげな顔で、半ばあきれ顔で大矢敏雄に言った。
大矢は、浅見探偵事務所では中堅の、グループリーダー的な存在
だった。組織的には、彼の配下に津田を含めた三名がいる。二つあ
る応接室のうちの片方で、いつものように調査の説明が始まった。
いつもと違うのは、津田を含めたあとの二人、斉藤光彦と川野伸二
も今回は同席していることだった。
「それも、そんなちっぽけな額で。よくあのケチな所長が受ける気に
なりましたね」
「以前、弁護士時代に懇意にしてもらっていた製薬会社からの依頼
だそうだ。そうでなければ受けなかったろうな」
「製薬会社の社員ですか」
大矢は写真をテーブルの上に置いて、説明を始めた。
「名前は、山下幸次、三十五歳。身長百七十二センチ、体重六十五
キロ前後、中肉中背。口元の右側に大きめのホクロ、髪はウェーブ
のかかったくせ毛、目はいい。ここ一週間ばかり無断欠勤でな、川
崎の自宅に問い合わせたらずっと帰ってないらしい、で失踪届を出
す前に事前調査依頼が来たってわけだ」
「普通に警察に届ければ、いいんじゃないですか。会社が嫌になって
行方くらませただけでしょう。どうせ多摩川の河川敷あたりでウロウロ
してるんですよ。ありがちな話です」
「どうもそうはいかん事情があるらしい」
「と、いうと?」
「さあな。こっちも警察じゃないから、依頼主が言わない限りは聞けん
よ。期限は一週間だそうだ」
「期限付きですか、それも一週間。厳しいなあ」
「想像だが、やっこさん、会社の重要機密を持って消えたって可能性も
ある。それなら会社側が公にしたくない理由も合点がいく」
「なるほどね」
「これが自宅の住所、家族は奥さんと小学校四年の娘が一人。これが
そうだ」
津田は写真を一瞥すると、ふところにしまった。あらかたの山下幸次
の行動は、すでに斉藤の方で調査済みだった。彼が消息を絶ったのは、
二週間前の金曜の夜。同僚と居酒屋の前で別れたのが、夜の十一時
ごろ。それ以降の、目撃情報がなかった。
「その同僚にも当たった。何でも山下は酔っぱらうといつも、自分はもっ
と裕福な生活を送るんだと口癖のように言ってたらしい」
「妄想癖もあるんですかね。それがストレス発散になってるんでしょう」
「さあな。だがそう言い出したのが、最近数カ月だとすると、どうだ」
「何か儲け話が転がり込んだ、ってところですか」
「その同僚もそれ以外はよく知らんようだ。山下はいつも、そいつとだけ
飲みに行く」
「ほう、気心の知れた同僚なんですかね」
「そのようだ、あまり仲間は多い方じゃなかったようだし。だが、ちょっと
引っかかることがある。考えすぎかもしれんが」
「何です」
「その製薬会社っていうのは、高木コーポレーションの子会社なんだ」
「高木コーポレーションですか」
「ちょっとな、黒い噂があると聞いた」
「どんな」
「浮浪者や金に困ってるやつから、臓器を買うらしい」
「山下もその話に一役買ってると?」
「かもしれん。社員だからな、その話を斡旋していたクチなのかもしれん」
「なら余計ですね。奴は重要な臓器売買のデータを持ってたのかも」
「会社がまずは公にしたくないっていうのも、それなら理由になりますね」
「その同僚の男の身辺も、洗った方がよくないですか。山下が相談できる
のはその同僚ぐらいなんでしょうから、彼の接触を隠してるかもしれない」
「かもな。だから君ら三人に集まってもらった。今回はちょっと厄介で期限
も切られてるから、慎重なチームプレーで頼む」
慎重なチームプレーという言葉が、ことさらに自分に言われた気がして、
津田は少し気が引けた。昨年六月からのトリム電子産業を舞台にした一
連の殺害事件にからんで、かなり勝手で強引な独自調査をして、浅見探
偵事務所の他のメンバーに迷惑をかけていたのは紛れもない事実だった
からだ。
こともあろうに身代金取引現場で身柄拘束され、一時は犯人一味という
ことで顔写真まで公開された時には大騒ぎになり解雇寸前だったが、濡れ
衣であったことが証明され、結果としてその後の捜査に協力して真犯人逮
捕にこぎつけたことが評価される形で、かろうじて今もここにいられた。津田
しか知らない一部の真相は、その後も警察に語られることはなく、彼の胸に
しまいこんだままだった。
かんたんな役割分担とスケジュールを打ち合わせた後、いったん三日後
に再度お互いの情報を持ち寄ることで打ち合わせは終わった。いつものショ
ートピースに火を付け、津田はあらためて渡された写真の二人をしげしげと
見つめた。彼の役目は、その残された家族の周辺を洗い、本人からの接触
の有無を確認することだった。まずは川崎市の航空地図帳を広げ、その自
宅の位置を頭に入れると、津田はすぐさま現場に向かうことにした。
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