Robbin - コドモノチカラ - (1)
金持ちになりたかった。
いつの頃からか、貧乏ゆえの小汚さに生理的な嫌悪感があった。女房の
顔も品のないブスに見えた。どうしてこんなブサイクな女と一緒になろうなど
と思ったのだろう。若いころの単なる欲望のはけ口にしかすぎない、都合の
いい女だった。妊娠させてしまっても、堕胎させれば済むと考えていた。
そして実際に妊娠した時、それを言うと彼女は涙ながらに産ませてほしい
と哀願したのだ。冗談ではなかった。自分の人生をこんなブサイクな女と一
緒に歩むなど、考えただけで反吐が出そうだった。冬の寒空に放り出したり、
腹をけったりしたこともあるが、自分は悪くないのに「ごめんなさい」と謝りな
がら、必死に腹をかばう姿に、少しだけ心が動いたのが間違いだった。
生まれた子供は女の子だったが、自分の幼いころの面影がある気がして、
さすがに子供には手を出さなかった。だが夜泣きなどで寝付かれずうるさい
時などは、そのぶん女房にさんざん当たり散らす日々だった。子供が成長す
るにつれ、子供と女房がかわす笑顔には心がほっとさせられる安らぎがあっ
たが、それはほんのつかの間だった。いつもそんな自分を客観的にじっと見
つめては蔑む、もう一人の自分自身が必ずいた。
勤め先は、川崎にある小さな製薬会社だった。うだつのあがらぬ外交営業
員だったせいもあり、酒に酔って深夜帰宅する日が多かった。着ているもの
も、安月給の身としては分相応なのだが、どこか安っぽく感じられて嫌だった。
そしてそれが自分の人格すらもおとしめている気がしていた。美男美女が笑
顔で話す姿を尻目に、本当は自分もそこにいるべきはずだったのにと、何度
思ったことだろう。
人生をやり直したい、と思わなかった時はない。自分の過去に、人生に、こ
れまでの全てに、コンプレックスと嫌悪感を持ち続けて生きてきたのだ。何も
いいことなど、ありはしなかった。これから先も、多分そうだ。どうしてこんな運
命のもとに生まれてしまったのかと、内心両親を恨んだものだった。
だからこそ、偶然舞い込んできた甘い誘いに乗った。迷いなど、あろうはず
もなかった。人生を変えられる千戴一遇のチャンスだと思った、ただそれだけ
のことだ。家族と二度と会わないことが条件だったが、即座にOKした。あんな
ブサイクな女の寝顔など、もう見なくてすむと思うと心が晴れた気がした。子供
にも別に未練はなかった。
整形手術後に鏡の前に立った時、わが目を疑った。過去のこれまでの自分
は、もうそこにはいなかった。今の自分が隣にいて話しかけても、女房でも絶
対にわからないだろう、そんな自信すら芽生えてきた。これからの栄光と贅沢
な人生が約束された喜び、生まれ変われたことに心から感謝した。
『これは夢だ…』
そうとしか思えなかった。だがたとえ夢でも良かった。これこそが現実なのだ。
そう、これまでが悪夢の連続だった。だがこれからは、もう違う。ほんの少しだ
けの時間を束縛されるとは聞いていたが、それ以外は条件さえ守れば、何不
自由ない生活が送れるという約束だった。金だって使い放題だ。贅沢な暮しに
きらびやかな服、高級マンションでの生活。最高の女だって、自分のものに出
来るに違いない。まさしく心躍る快適な人生の始まりだった。
だがその前に今は、手術時の麻酔が切れかかって、顔のあちこちが痛み始
めていた。胸板を厚くするために腹部から吸引した脂肪を入れたので、両脇の
傷口あたりにも痛みがある。美容整形などした経験がないので良くわからない
が、全身麻酔でないのが不思議なくらいだった。ベッドに横たわって、とりあえ
ず点滴のチューブだけは左腕につながれている。意識はまだボーっとしたまま
だったが、とりあえず枕元のナースコールのボタンを押して、全身にも痛みが
あることを伝えた。眼鏡をかけた看護婦らしき若い女性がすぐにやって来ると、
点滴の袋の横に新しく黄色の奴を付け加え、彼を一瞥しただけで無言のまま
足早に去って行った。
『何だよ、もうちょっと愛想よくしろよな』
右手には窓があるが、すりガラスのせいで、外の景色が全く見えない。見え
るのは窓の上の方、透明なガラス部分越しにほんの少しだけ見える青空だっ
た。白い雲がゆっくりと流れていた。なにも物音がしない静かなその部屋で、
やがて彼はまどろむと、ゆっくりと眠りに落ちていった。
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