バロンの夢 (2)
やがて私たちに束の間の休息が許された。私は何気に後ろ手で
床に手を付きながらその場に腰を下ろすと、少し背を反らせた。天
井は今まで気にして見ていなかったが、なかなかどうして立派な
造りだ。がっしりした太めの木を組み合わせた、古風な造りになっ
ている。
そんな私の右手の平に、わずかに冷たい空気が触れ、少しスー
スーする。その感じに違和感を覚えた。冷たい空気がほんのわず
かに当たっているのだ。私の右手が置かれているのは、床なのだ。
そんな隙間があるのは妙だ。
「あ…」
よおく目を凝らして、手のひらをゆっくりと移動させながら、その床
のタイル目地に沿って、念入りにのぞき込む。わずかに冷たい空気
が感じられる部分は、その外れたタイルの端から上下にまっすぐ広
がっている。どうしてこんな簡単な部分を、今まで見逃していたんだ
ろうか。最初はタイル地の一部が簡単に外れただけで終わったので、
それ以上探さなかったからだろうか。絵模様のようになっている部分、
その全体が大きなドアになっていて、たしかにわかりづらい構造にな
っていた。
先ほど外れたタイルのあたりに手をかけ、私が爪を立てるようにし
て持ち上げようとすると、ほんの少しだけ浮き上がった。私は横のキ
ッチンにあるナイフの先をその隙間に差し込むと、こじ開けるようにし
て何箇所かを浮かせた。やっと指が差し込めるくらいに、床全体が
すこし浮いた。そこに両手の指を添わせると、私は身体全体に力を
込めた。意外と簡単に、その床の隠しドアが開いた。思うほどは重く
なかったのが幸いだった。鈍い音をしてドアが開くと同時に、冷たい
風が穴の中から一斉に吹き上げて来る。その音に、周りの皆が振り
返っているのが、感覚でわかった。
のぞきこんだその中は、ほぼ真っ暗で何も見えなかったが、首を突
っ込んだ状態でしばらくじっと目を凝らしていると、おぼろげながら何
かが見えてきた。すぐ真下には地面らしきものがある。その少し先に
どこからか漏れている光で、おぼろげに光の帯が揺れるのがわかっ
た、たぶん水面だろう。鉄製かどうかはわからないが金属で出来た
ように見える階段がそこの上にかかっている。水面があるあたりの先
には、また暗闇がある。すぐ真下に、まるでミニチュア模型のジオラマ
が置かれているように錯覚しそうな光景があった。
『降りてみよう…』
未知の空間のはずなのに、特に恐怖心もなにも感じなかった私は、
ごく自然にそう思った。本能的に私は足からこの中に立とうとして、床
に腰を下ろしてまるで掘りごたつに入っている時のように足をブランと
させた状態から、斜め前に滑るようにそこに立とうとした。
だが立てなかった。
それは思ったよりも、かなり深さがあったのだ。自分の身長以上の
高さがあった。目の錯覚で、自分の膝ほどの近い距離に思えていた
のだが、実際にはかなりの深さがあった。奇妙な感覚を覚えながら、
それでも私は地面に降り立った。その地面はかなりの急勾配で、下
り坂になっていたので、着地する時にもう少しで足首をひねってしまう
ところだった。
しばらくの間は周りの様子をうかがいじっとしていたが、静寂だけだ
った。どうやら誰もいないらしい。目を凝らしながら暗闇の中をゆっくり
とそしてまっすぐに歩くと、やはりそれは鉄製の階段だった。わずかな
光をたよりにじっと見ると、左側にはずっと水面があり、陸地らしいもの
が見えているのだが、直接そちら側には行けないようになっていること
がわかった。目の前の階段を使ってその前の島のようなものの上に降
り立ち、いったん向こう側からぐるりと回りこむ形でないと、左側の陸地
には行けないようになっている。
私はここまで見た時点で、いったん降りた場所に戻ると、上に向かっ
て大声で叫んだ。自力ではもう登れない。何人かの覗き込む顔が見え
る。やがて階段梯子らしきものがゆっくりと降ろされた。先ほどのムチを
持った軍服の男が、何かを抱えて降りてきた。
「ここがそうか。やっと見つけたぞ」
そいつはその何かを抱えたまま、躊躇なくその鉄製の橋を渡り、ぐる
りと回り込むように、私の左側の陸地に歩いていく。やがてその奥にあ
る建物らしきものの中に入っていった。
その建物の屋根には、青いトゲトゲ様の突起があるのが微かに見て
取れた。男が入ってしばらくすると、やがてその部分全体が、低いモー
ターと思しき回転音とともに、まるでタービンか何かのようにけたたまし
い音を上げて一斉に回り始めた。それは実に不思議な光景だった。
そいつが入った場所は暗いながらも見当が付いていた。気になって私
は、後を追うようにそこに入った。一歩足を踏み入れた途端、予想もしな
かったまばゆい光に目がくらんだ。そして次の瞬間、私はすでにそこには
いなかったのだ。
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