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2009年2月 7日 (土)

バロンの夢 (1)

 車でかなり長い時間揺られ続けたすえに、やっとのことで車が停ま
り、ドアが開け放たれた音と気配がした時は正直ホッとしたものだ。
目隠しを外されて初めて、ここが寒風吹きすさぶ草原の中の一軒家
の前だと知った。私以外には男性二人、女性一人の合計四人が連
れて来られた。厚手の防寒服を着ていても、身体にしみ込んでくるこ
の寒さはどうにもならない。
 軍服を着た男に、フローリング床のどこかにある隠し入口を探すこと
を一方的に命令されて、我々はその家の中に土足のままで踏み込ん
だ。家の住人は年寄り夫婦に若い女性が一人と子供が二人だけで、
みな特に我々の不意の侵入を驚くでもなく、あきらめにも似た表情で
我々の所作をじっと見つめているだけだった。

 まずは居間のテーブルと椅子が置いてあるあたりが一番怪しい。
絨毯をとっぱらい、念入りに床を調べていくが、何も変わったところは
ない。それこそ床に落ちたコンタクトレンズか針でも容易に見つけられ
るほどの念の入れようだった。
 壁際の暖炉のあたりは暖かい半面、炎が逆に邪魔になって床を見
づらい。懐中電灯でもあればいいのだろうが、そんなものは一切持た
されていない。ふと窓ガラス越しに、外が極寒の雪景色であることを
あらためて痛感する。暖かな部屋の中にいられることの幸福を実感し
ていた私をじっと見続けている、その老人と幼い子の視線がやけに
痛く感じる。
『まったく、これだから…』
 これだから、人間って奴は…と思った。だが自分自身で、その表現
に不自然さを感じた。まるで自分が人間でないかのようなものの言い
方だ。ふと何気なく、手袋を外して手を見る。
「え?」
 私の両手は毛むくじゃらだ。まるでゴリラか何かのような。不意に不
安が私を襲う。立ち上がると、無意識に鏡のようなものを探す。ない。
思い付いて、窓ガラスの所に近付く。曇ったガラスを手で拭くと、少しだ
け鏡っぽくなる。
「ウソだろ…」
 そこに映った自分の姿を見て、唖然と立ち尽くした。あの金髪、ブルー
グレイの瞳、白い肌…私の痕跡はそこには何もなかった。そこにあるの
は、さしずめ服を着たゴリラだ。
『どうしてこんなことになってるんだ』
 不意に身近で、ムチの音が大きく響く。さっきの軍服を着た男が、私が
サボっているのを見つけたのだ。その男は無言で私を睨みつけながら、
再びムチの音をその部屋中に響かせた。その男に何か言い訳出来るよ
うな状況ではなかった。私は無言で作業に戻らざるをえなかった。
 居間から隣のキッチン、バスルームやトイレまでも念入りに探しまわっ
たが、それらしい入口は見つからなかった。再度我々は、玄関からもう
一度同じことを繰り返した。何か見落としているかもしれないからだ。

 やがて「おお…」という声にならない声が、隣の居間の方であがった。
皆が駆け寄ると、女が右手に二十センチ四方ぐらいの大きさのタイルを
持っていた。自然と女を取り囲むようにして、そのタイルを皆が見つめる。
だがごく普通の白っぽいタイルのように見える。床全体にはタイル地で
模様のようなものが描かれている。その一枚を手にしていた。よくある
模様で、特に何かの意味があるとは思えない。皆は何度かそのタイル
の表と裏を覗き込むように見ていたが、やがて持ち場に戻っていった。
床のタイルが一枚剥がれただけのようだった。
 それからもずっと、床を叩いたり斜めから覗き込んでみたり、指先をわ
ずかな段差や隙間に入れてみたり、何度となくその作業を繰り返してい
た。しゃがみこんだままの姿勢や這いつくばった姿勢を交互にずっと取っ
ていたせいか、背中が痛くなって来た。私は立ち上がると、少し後ろに
上半身を反り返し、背中を伸ばした。少々肩もこっている。立ったままの
状態で、先ほどの女が外したタイルがあったあたりに立ち、周りを何とな
く見ていた。だが、特にこれといった発見は出来るはずもなかった。

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