RobbinⅡ-レイン計画- エピローグ(3)
そして空港での不可解な行動の件に関しては、後日塚本美雪の
証言があった。それによれば、彼女はこの時は自分が自分でなか
ったとは言え、あの時の自分なりのレイン計画阻止を狙った誘い水
のつもりだったと言う。酒井にそこまで悪の道に入り込んで欲しくな
かった自分の漠然とした気持ちが、ああいう形でしか表現出来なか
ったらしい。だが同時に彼女はたとえ過去がどうあれ、今の自分が
酒井の隣にいられる事、つまり良子に彼女は勝ったのだということ
を暗に誇示する気持ちも、複雑に絡んでいたとも語ったのである。
訊問の最後に、レイン計画がいつ頃から動き始めていたかを問わ
れ、酒井はこう答えた。
「ブラック・ローズ組織の一員として、イスタンブールに派遣された頃
から、おぼろげながらレイン計画の案はあったと思います。ですが事
が事だけに、実行する前にあちこちと話を付けるためにある程度の
資金が必要だった。同時に当時のその計画の阻害要因として、正
木英嗣氏の名前が一番に挙がっていました。そのために仕組まれ
たのが、トリム産業株式会社の事件であった、とゼブラから聞いた
覚えがあります。真の首謀者のことは、今はまだ申し上げられませ
ん」
結局、そう言い残したまま酒井武司は、刑務所への護送で警察か
ら出て来たところを、テレビ局のカメラが回り大勢の取材陣のいるそ
の目の前で、何者かに狙撃され頭部を見事に撃ち抜かれて即死し
た。この事件の犯人は未だに謎である。野宮邦弘という統括者まで
を逮捕されたブラック・ローズ組織が、これ以上の被害を避けるため
に彼の口封じに動いた、と見るべきなのかどうかは警察内部でも意
見が別れた。今回の犯罪に加担していた何者かが裏で暗躍し、政
治家達の存在が浮かび上がらないように画策した、と言う見方も出
来るからだ。
しかし世間一般に対しては、必ずしも全ての真実は知らされなか
った。何しろ天皇の狙撃計画のことを発表しようものなら、どこかの
輩が本当に真似をしかねないご時世なのだ。酒井がにおわせた真
の首謀者の件もそうだった。野宮の経歴をたどると、おそらくはアメ
リカ合衆国公然の某秘密組織が裏で糸を引いているのではないか
と思われたが、野宮は黙秘権行使で頑として口を割らないままだっ
た。そして多額の保釈金で釈放された後、地検も粘りはしたものの
そこまでの追及が出来ず、警視庁の捜査自体も暗礁に乗り上げて
いた。ブラックローズという組織が存在すること自体も秘密とされ、
あくまでも事件は野宮邦弘と酒井武司による、国家転覆の騒乱罪と
しか発表出来なかった。
一方の津田については、情状酌量の余地はあるものの、過去にブ
ラック・ローズ組織の一員であった事と、トリム事件の偽証は間違い
のない事だし、実際にゼブラとパープルの二人を、仕方がなかったと
は言え射殺している事実は事実である。懲役刑はまず間違いのない
ところだろうと村上警部補達は思っているが、執行猶予が付くのかど
うかもまだわからない。そもそもブラック・ローズ部隊のことは関係者
に厳重な緘口令が敷かれているので、その事実が今後本当に公表
されるのかどうかもわからない。公表されないとなれば、津田の刑の
重さもかなり変わってくる。だが一つだけ間違いないことは、たとえ執
行猶予になったとしても、津田は今の浅見探偵事務所にはおそらくも
ういられないことだった。
「津田、か」
今はもう洋子も辞めてしまってひっそりとしている喫茶アルファの片
隅で、本郷はかつての津田の指定席に腰掛け、じっと考えていた。こ
の席で津田はこれまで一体何を考えてきたのか……彼がこれまで体
験してきた世界は、本郷にとっては想像もつかない、あまりにも殺伐
とした世界だった。これまで何度か津田は、ある時は横から強引に割
り込んで来て捜査の邪魔をしかけた事もあったし、ある時は行き詰ま
った捜査を助けてくれた事もあった。結構ストレートにものを言うタイプ
の人間で、時にはこちらが気分を害されたこともよくあったが、現実に
こうして定位置に彼がいなくなってしまうと、実に寂しいものだった。
洋子はすでに立川のアパートを引き払い、木島にアルファを辞めると
言い残して、長野の実家に帰って行った。龍王は相変わらず、秋葉原
の量販店で真面目に働きながら、いつか自分の元に美雪が戻って来
る日を信じて待ち続けている。そしてこの事件を解くきっかけになった
川田は、再び彼の息子と二人でアメリカに海外赴任して行った。本郷
はあの津田の笑顔を、もう一度ここで見たいと思った。自分の中で津
田の存在が意外に大きく占められている事が、彼には意外だった。
アルファを出た後、本郷は津田のアパートの前までやって来ると、二
階の彼の部屋がある場所を見た。洋子が部屋の合鍵を持っていて、
事件後にある程度津田の荷物を整理していたことを知り、それで二人
の関係を本郷も知った。それは意外でもあったが、うすうす感じていた
だけに、驚きはなかった。今はひっそりとその部屋だけが、窓にカーテ
ンがかかったままで暗く静かだ。
「帰って来るよな、津田」
淋しげにそう小さくつぶやくと、本郷はコートのえりを立てて歩き始め
た。
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