RobbinⅡ-レイン計画- エピローグ(2)
シャルと呼ばれる大判の肩掛けを頭から深くかぶって顔が見えな
いようにして、女物のコートを羽織った酒井は、ムスタファに付き添
われながら彼の車に乗り込むと、領事館付近まで急いで戻った。
美雪は彼らとは別行動をとり、ドルムシュを使ってほぼ同時刻に酒
井の家に戻っていた。そして酒井は何食わぬ顔で仕事をしたのだ。
酒井はこの日、あらかじめ休みを取っていたが、急ぎの仕事がある
と言って休みの日に酒井が領事館に午後から顔を出す事はそれま
でも頻繁にあったので、領事館の誰もそのことを不審には思わなか
ったはずである。
さらに酒井は、イスタンブール警察の上層部の人間に連絡し、捜
査状況を聞き出すと、川田の関係者が入国する情報を得た。すで
に十年もこの地の領事館にいる利点とブラック・ローズ組織を利用
して、それまで惜しげもなく金をばらまいて来ていたので、彼はあら
ゆる方面にコネを持っていた。警察の上層部の人間とて、酒井の息
がかかっている関係者はごまんと居る。一度だけ政府高官に最高
級の女を斡旋した時に、現場の隠し撮り写真が新聞記事になった
ことがあったが、その際も記者に大金をつかませて何とか丸め込み、
事なきを得た。
今回もことが良子の事であっただけに、彼は領事館から紹介した
という触れ込みで、息のかかった人間を川田と警察の通訳によこし、
状況を慎重に見守る必要があった。そのために眼鏡で外見を多少カ
モフラージュさせた美雪を送り込んだのだ。また領事館で、善意の第
三者を装い川田に悔やみを述べたのも、立場上であったとは言え、
酒井自身は内心複雑な気持ちで川田と接していたのだった。
念のためを思い、川田が無事に出国するかどうかをゼブラに確認
させた。だがあろう事か、その場に美雪がやって来たのだ。美雪が
川田に何事かを囁いたことを、ゼブラからの報告で知った酒井は美
雪を詰問した。だが彼女のその行動の意味するものは、謎のまま
だった。彼女自身、言っていることがかなり支離滅裂になっていた
のだ。彼女をイスタンブールで人知れず葬ることも出来たが、あえて
そこまでの危険は冒せなかった。
日本人女性が連続して殺害されれば、否応なく目につくし、捜査に
もかなりの人員が投入される可能性があったからだ。そうなれば、日
本の警察には及ばないとは言え、いつ何をきっかけに自分と良子と
の過去が露呈しないとも限らない。帰国してもまだ美雪の神経が参
ったままであれば、日本で密かに処理してもらおうと考えて、その事
を野宮に相談したのだ。これ以上自分の目の前で、自分に関係した
女が殺されるのは出来るなら見たくなかった。
野宮はさんざん反対したが、酒井は自分のその考えを何とか押し
切った。美雪が帰国した後の就職先を世話してやったが、結局彼女
はそこにはほんの三ヶ月いただけで辞めてしまった。その頃には彼
女の精神状態も落ち着きを取り戻していたことを、彼は日本からの
連絡で知り、ホッと胸を撫で下ろしていた。
そして美雪が帰国する前に酒井が知り合った杉本弘美が、彼の三
番目の現地妻になったのだ。そしてそこに、事件から一年を経過した
頃、要注意人物とされる津田宗弘という探偵が事件の真相を探りに
日本からはるばるやって来たのだ。これは帝国ヒューマン・リサーチ
の情報として酒井の元にもたらされた。帝国ヒューマン・リサーチは
日本におけるブラック・ローズ組織の一部でもあり、美雪の動向を探
っていたのもそこを介してだった。
何度かこれまでトラブルを処理していたゼブラに、酒井は津田の件
を依頼した。その頃にはレイン計画の詳細が本格的に固まり、その
決行が知らされた。そのための狙撃要員として、マユミなる女傭兵が
酒井の元にやって来た。そして津田を仕留めた後、彼ら二人は日本
に向かったのだ。だが実は津田は死んではいなかった。長かった任
期を終了して帰国し、野宮の元に無事に復帰した酒井だったが、そ
の事を彼は迂闊にも知らなかったのである。
だがこれには川田の機転によるところが大きかった。彼は良子殺害
の一件で、イスタンブール市警の捜査に不審を抱いていたのだ。たし
かに、ひと通りの捜査は行なうように酒井は警察の上層部を通じて指
示していた。だが川田は警察が買収されていたことをうすうす感付い
ていたのだ。それゆえ津田からの状況報告を聞いた時、川田は自ら
急遽イスタンブールに向かうことを決め、休みを取ってやって来た。
一緒にギュルハネ公園に駆け付けた警察官を金で買収し、事をあくま
でも秘密裏に運んだのだ。津田を運び込んだ緊急病院も、以前に秘書
のアイシェルから聞いていた腕利きの医者の所だった。それが効を奏
して、その後の日本での一連の津田の行動に反映されたとも言える。


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