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2008年11月30日 (日)

作者の簡単レビュー 【その30】

 女傭兵マユミについては私なりにかなり悩んだのですが、結局は
彼女の死という結末になってしまいました。私自身というよりも、登
場人物達が紡いでいった物語の流れに沿って進んだ結果、こうなっ
てしまった、というのが真実に近いのかもしれません。
 どうしても私の中では、マユミをイメージした仲間由紀恵さんが重
なって、彼女のその尋常でない清楚で美しい死に顔が脳裏に浮か
んで仕方ありません。マユミには生きていてほしかった…
 仲間由紀恵さんがもしもこの役柄だったら、マユミの心情の変化や
最後のシーンをどう思うのでしょう。必然と思ってくれるのか、それと
も自分ならこう思うって別のストーリーを思い描かれるのでしょうか。
個人的に是非とも聞いてみたい気はしますが、まあ住んでる世界が
違う人なので無理ですけどね。(笑)

 当初はこの次の章がエピローグだったのですが、あまりにもボリ
ューム的に長いので、今回のWEB掲載にあたり章を分けました。
次の第十三章のサブタイトルは「過去の呪縛」です。これまでわか
らなかった部分も次第に明らかになっていきます。そう、事実はまだ
全部明らかにはなっていないのです…。

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2008年11月29日 (土)

RobbinⅡ-レイン計画- 第十二章(9)

 眠りから醒めた非常警報が、再び甲高い音でその建物の内部に
響き渡り始めた。ぐずぐずしてはいられなかった。刻一刻と破滅へ
のカウントダウンが始まっているのは、相変わらず同じなのだ。あと
は運を天に任せるのみだった。
「洋子、行こう……」
 洋子を促してその部屋から出て行く前に、ロビンはマユミの脇に
立った。ほんの数分前までの彼女とのやり取りが、嘘のようだった。
洋子は黙ったまま、横たわったマユミを見つめていた。
「この人は、いいの?」
「もう、死んでる」
「でも、この人はあなたの…」
「同棲相手の恋人だと思ってるんだろうけど、ちょっと違う。俺を育て
てくれた部隊長の娘さんだ。本当はこんな形で出会うはずじゃなか
ったが」
「そうだったの」
「…行こう、もうあまり時間がない」
 洋子はその言葉にうなずくと、ロビンを脇から支えるようにして一緒
に歩き始めた。部屋の入口のところでロビンは立ち止ると、最後に振
り返ってマユミを見た。
『マユミ。あの世で、親父さんに思いっきり甘えろよ』
 少し離れた所に転がっているゼブラの死体を一瞥して、彼らはその
部屋を後にした。

 入り口のドアを出ると、急に明るい日差しが彼ら二人を包み込んだ。
その先には村上警部補や本郷刑事達が相変わらず立ち尽くしたまま、
じっと彼ら二人がやって来るのを見守っていた。
「決着は、ついたみたいだな」
 村上警部補が言った。ロビンは小さく頷くと、今の発電所の内部の
状態を彼らに簡単に説明した。一番近隣にいる現場に詳しい関係者
がすでに数名到着しており、念のために消防車を呼ぶ手配もすでに
完了していたが、ロビンの説明に現場関係者の顔色が変わった。
「万一があるので、防護服の手配が大至急必要です。複数の関係者
ですぐにでも内部に入っていかないと、最悪の事態になりかねない」
「しかし、放射能漏れはまだ起こしてないようだし、何とか制御装置で
抑えられているのかもしれない」
「たしかに、でもいつ暴走するか…」
 皆が不安げに建物を見上げたその時、異変は起こった。
 大地を揺るがす大音響と共に、原子炉の白煙が黒煙に変わり、そ
れも異常な量が凄い勢いで噴出し始めたのだ。その噴煙はまるで天
にも届かんばかりの凄まじい勢いだった。この状態を見てしまえば、
皆パニック状態に陥るのは当然のことである。恐怖感からめいめいが
後も見ずに、一目散にその場から急いで逃げ出し始めた。同時に原子
炉のコンクリートの建屋の壁の一部が吹き飛んで、大音響と共に、逃
げて行く彼らの頭の上から容赦なく降り注いで来た。何人かの警官が
その直撃を受け、地面に倒れ込んだまま起き上がらなかった。そして
それが、逃げ惑う人々の恐怖感をさらに増長させてしまったのである。
 その中に混じって、洋子を庇うようにしてその場から離れようとしたロ
ビンの真上にも、人の頭程もある大きさのコンクリートの塊が降り注い
だ。強烈なショックが二人を襲い、彼らは否応なく地面に叩き付けられ
た。辛うじて意識はあったものの、ロビンは全身が自由にならないよう
な状態になってしまった。集中的な痛みから察して、彼の背中にコンク
リートの塊が直撃したようだった。そして気を失った洋子が、ロビンの体
の下にいた。

 非情にも空は、一転にわかに淀んだ黒雲で覆われ始めていた。轟音
と共に、背後の原子炉がいつの間にか燃え盛っている。ロビンにはコン
クリートが燃える光景が不思議だった。いち早く消防車が現場に駆け付
けて消火作業が開始されたが、火はいっこうに衰える気配を見せなかっ
た。その一方で、防護服を着た原子炉関係者が、火事の中を必死の作
業を決行していた。だが、彼らが内心一番恐怖していたことがやがて起
こった。あたり一面に雨が降り始めたのだ。
 ロビンにもこの雨がただの雨ではないことは本能的に感じ取れていた。
何か鉄分を含んだような、異様な臭いと味がするのだ。雨が降り始める
前の土っぽい臭いとは明らかに違う。自分がこのような盾になってみた
ところで、所詮はこの放射能を含んだ雨から洋子を守れるわけがなかっ
た。それはただの気休めにしか過ぎない。だが今のロビンにはそうする
ことしか出来なかった。これまで仕事とはいえ、幾多の人間をその手で
殺して来た。その報いが今訪れているのかもしれない。だが出来ること
なら、この放射能を一身に浴びても、周りの人間が皆死に絶えても、洋
子にだけは無事でいて欲しかった。
「洋子は関係ないんだ。お願いだから、不幸は俺一人だけでたくさんだ。
頼む!」
 ロビンは生まれて初めて、神に祈った。洋子だけは自分の生命に代え
ても守り通したい、それが津田宗弘としての、そして傭兵ロビンとしての
一人の男の確固たる意思だった。
「黒い雨が…」
 ロビンは、泣き出した曇り空から舞い降りる、灰色の雨粒を見上げなが
ら、つぶやくように言った。それが自分の顔を始め、あたりのあらゆる場所
を濡らしてゆく。瓦礫が散乱するだけの身を隠す場所すらない状況で、人
々はただじっと黒い雨に打たれるだけだった。
「洋子、俺はこれからどうしたらいいんだ。教えてくれ」

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2008年11月25日 (火)

RobbinⅡ-レイン計画- 第十二章(8)

「洋子、お前……」
 その声で我に返った洋子の手から、銃が床に滑り落ちると、静かな
その部屋の中に、金属のやけに大きな音が響き渡った。ロビンは銃
を杖のようにしてゆっくりと立ち上がると、全身の痛みをこらえながら
彼女の所へ歩いて行った。おそらくは生まれて初めて手にしただろう
本物の銃の引き金を引き、実弾の発射される時に予想以上の衝撃を
受けたことに、彼女は未だに呆然としているように見えた。
 それに加えて彼女は、ロビンがゼブラを撃ち殺した現場をその目の
当たりに見たはずだった。通常の人間が、人が殺される現場を見た
時のショックは半端ではない。近付くと、彼女の唇がわなないている
のが、ロビンにははっきりとわかった。
「貴方が殺される、って思ったから……夢中で、私……」
 洋子はそう言うと、泣きながらロビンの胸に飛び込んで来た。少しよ
ろめきながらも、彼は両手でしっかりと彼女を受け止めた。杖代わりの
CAR-十五はもはや不要だった。
「わかってるよ」
 そう言ってロビンは洋子をきつく抱きしめた。むせ返るほどの自分の
血の臭いの中でも、彼女の香りがはっきりと識別できることが、ロビン
にとっては不思議だった。

 どのくらいの時間、そうして二人で抱き合っていただろうか。不意に、
まるで水が沸騰しているような不気味な音が、次第に高まって来るの
が背後から聞こえた。音は中央の丸い大型のポットのような所の内部
から聞こえていた。明らかに異常なのだろうが、彼にはどう対応してい
いのかわからない。唯一わかっていることは、このままではこの原子
炉が恐らく大爆発を起こして日本中が汚染されてしまうだろうというこ
とと、彼ら二人がその最初の犠牲者になるという事実だった。
『たしか、ゼブラは電源系統を切断したと言ったな。警報音が止まった
のもそのせいか……だが、奴にそれほど時間的な余裕はなかったは
ずだ…とすると、奴はあそこからここへ降りてくるまでの間に、それを
やってのけたのか?………どこだ』
 見渡すと、壁際の大きな電源ボックスがロビンの目にとまった。彼は
そこまで必死の思いで歩くと、ボックスのドアを開けた。ブレーカーは
全てオフになっている。即座に彼は全てのブレーカーをオンにした。
『たったこれだけのことで、奴は電源系統を切断したと言ったのか』 
 ロビンの不安は消えていない。警報音は止まったままなのだ。難し
いことは皆目わからないが、冷却水のポンプが作動していないことが
原因で、原子炉が暴走を始めたように思えた。
『だが、緊急停止装置っていうのがあるだろう。それが働くんじゃない
のか』
 これまで幾度となく繰り返されてきた電力会社のPRでは、万一の場
合でも二重、三重の安全装置が働き、大災害には至らないとされてき
ている。だがそれらとて所詮は、電源が切られてしまえばただのガラク
タにしか過ぎない。
『あとは?……他にも絶対何かあるはずだ』
 見渡したロビンの目に、扉が半開きになって何本かコードらしき物が
垂れ下がっている、中二階の壁際に設置された電源ボックスが飛び込
んで来た。瞬間、ロビンは嫌な予感がした。まどろっこしい自分の身体
の動きに苛立ちながらも、駆け巡る痛みに顔をしかめながら、彼は螺旋
階段を登ってその場所に行った。洋子は下で心配そうに見上げている。
扉を開けると、「ECCS」と朱書されたスイッチに繋がる線が引き千切ら
れて、他にも幾つか破壊された部分があった。何処が何処に繋がるの
かすら、すぐには判断出来ない。
『駄目だ……』
 ロビンは戦慄した。彼は破壊されていないスイッチを全てオンにすると、
再び階段を下りた。長居は無用だった。

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2008年11月21日 (金)

RobbinⅡ-レイン計画- 第十二章(7)

「そんなに悲しむことはない。すぐにまた会わせてやるさ」
 間近で声がした。いつの間にか警報音も途絶えて、あたりはしん
と静まり返っている。声の主の方をゆっくりと振り返ると、そこには
ゼブラがうす笑いを浮かべながら、銃口をロビンに向けて立ってい
た。ロビンは思わずカッと頭に血が昇った。
「貴様!」
 ロビンはゼブラを睨んだまま、ゆっくりとマユミを床に横たわらせた。
「ふん、そんな怖い顔して俺をにらむなよ。その腕で俺と勝負しよう、
ってのが十年早かったんだ。それだけのことさ」
 それだけ言うとゼブラは真顔になり、引き金にかけた指に少し力を
入れた。
『この至近距離だと、俺の頭の半分は跡形もなく吹っ飛ぶな』
 そう思いながらロビンは、じっとゼブラを見詰めたままだった。
「まさかとは思うが、わざと外して嬲り殺しにしようなんて思うなよ、
ゼブラ。俺は今くらい人を殺したいと思った時はない」
「当たり前だ。俺が今までそんなドジなことをした事があったか」
 ニヤリとゼブラは笑い、引き金に掛けた指に力を入れた。その時、
不意に乾いた連射音が二人の背後で上がり、同時に彼らの周囲の
コンクリートの床が何箇所か被弾し、コンクリートの破片があたりに
飛び散った。ゼブラが思わず目線をロビンからそらしたほんの一瞬、
その僅かな隙を付いてロビンは動いた。
 彼は自分でもびっくりするくらいの早さで、脇の銃を掴んで床を転
がり一回転すると、ゼブラめがけて無我夢中でCAR-十五の引き
金を連続して引き続けていた。同時にゼブラも、ロビン目掛けてウ
インチェスター二七〇の引き金を連続して引いた。互いの銃声が
大きくその部屋に数秒間こだまし、互いの肉体が至近距離からの
被弾の衝撃で大きく揺れ動いた。そしてその後に、長い沈黙の時
が訪れた。

 体がちぎれそうな激しい痛みが全身を襲っていたが、ロビンには
今自分が生きていることが不思議だった。彼は床に仰向けに横た
わったまま、しばらくぼんやりと天井を見ていた。即死だけは何と
か免れているようだったが、身体が言うことをきかない。
「う……」
 それから数秒経っただろうか、やがてゼブラの呻き声が足元の
方で小さく聞こえた。その声にうながされるように、ロビンは肩や
腹の痛みに耐えながら上半身を起こし、ゼブラの方を見た。何発
が相手に命中したのかわからないが、互いに即死は免れていた。
ゼブラはうつ伏せに倒れていたが、身体の右半分を斜めに浮かせ
るようにしてロビンの方を見ており、なおかつ両手にはしっかりと銃
が握り締められ、その銃口はロビンの頭部に照準を定めていた。
『よっぽど俺を殺したいんだな……』
 自分でも驚くほど冷静に、ロビンはゼブラを見つめていた。
「貴様さえいなければ……全てが上手くいったんだ。だが、もう遅
い。電源系統を切断したから、この建物はあと数分で木っ端微塵
だ。もう誰にも停められんぞ。日本中を放射能汚染させて壊滅させ
てやる」
 にやりと笑うとゼブラは引き金を引いた。カチンと小さな音がした
だけだった。
「お前の運も尽きたってわけか、ゼブラ」
 ロビンはCAR-十五の引き金を躊躇無く、即座に引いた。銃声が
大きくその部屋にこだまし、床にゼブラの死体が転がった。
「弾倉には常に弾丸を残しておけ、って教えてくれたのはあんただっ
たろうが……」
 ロビンはそうつぶやくと、その部屋の入り口付近を見た。AK-四
七らしき銃を胸元に、じっと立ち尽くし、ロビンの方を見ている人間
の姿があった。洋子だった。

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2008年11月17日 (月)

RobbinⅡ-レイン計画- 第十二章(6)

「マユミ!」
 ロビンは彼女に自分の方を向かせるためにそう叫び、彼女にジェ
スチャーで自分の意思を伝えた。彼女は大きく頷き、にっこりとロビ
ンに微笑み返すと、弾倉を新しいものと交換した。弾が途中で無く
なったのでは援護射撃にはならない。
 ロビンは大きく頷くと、コントロールテーブルから素早く顔を出し、
ゼブラのいると思われるあたりに一発御見舞いすると、すぐさま一
気に走り出した。マユミの前を走りながら、その螺旋階段に向かう。
マユミがその後を間髪を入れず、ゼブラに銃を撃つ余裕を与えさせ
ないように、連続の援護射撃を行った。抜群のコンビネーションだっ
た。
『いいぞ、マユミ。その調子だ。もう少しだけ頑張ってくれよ!』
 神に祈るような気持ちで、ロビンが螺旋階段を駆け登ろうとしたそ
の時、不意にマユミの銃声が途絶えた。続いてガシャガシャという
音が聞こえた。
『……ジャミング!』
 マユミの青ざめた表情が、一瞬ロビンの脳裏をかすめた。
『まずい!』
 マユミが体勢を整えるまで、今度はロビンが援護射撃をしなくては
ならない。そう思ってロビンが素早く銃を構え、遮二無二ゼブラのい
るあたりりを狙撃しようと引き金に指を掛けた時、聞き慣れたウイン
チェスター二七〇の銃声が数発、その部屋に響き渡った。同時に「
ウッ」と言う小さな呻き声と共に、マユミの身体がゆっくりと床に膝か
ら崩れ落ち、うつ伏せに倒れた彼女の背中に長いストレートの髪が
おおうように広がるのが見えた。
「マユミ!」
 ロビンはマユミの元に駆け寄ると、銃をその場に投げ捨て、彼女
を抱きかかえた。もはや彼等の敗北は明らかだった。同時にロビン
は自分の死をも覚悟した。
「ごめん、貴方の役に立ちたかったのに……」
 マユミは力なく笑みを浮かべた。弾丸は肺を貫通しているらしく、
抱きかかえるロビンの左手がねっとり濡れてきているのがわかった。
大きくむせかえると、鮮血が一筋マユミの口元からゆっくりと流れ出
した。
「喋るんじゃない。すぐ病院に連れてってやるからな」
 マユミは首をゆっくり左右に振って、努めて笑顔でロビンの目をじっ
と見ていたが、やがてその潤んだ目から、不意に涙がこぼれ落ちた。
「気休め言わないで……駄目だってことくらい、私にだって判ってる。
……でも私、死にたくない……貴方のために………生きたい……本
当よ」
 悲しそうな目で、マユミはロビンをじっと見つめた。
「ロビン……好きよ……」
 泣き出しそうな顔つきでマユミは、左手でロビンの右の二の腕をぎ
ゅっと握り締めたが、その力が次第に弱くなっていった。やがて彼女
の頭が不意に力を失ったと同時に、緩やかに彼女の左手がロビンの
右腕を離れ、床に滑り落ちていった。瞬間、ロビンは言葉を失った。
「マユミ、嘘だろ?……なあ、マユミ、返事してくれよ。マユミ!」
 ロビンはマユミの体を揺さぶり、何度も声をかけた。だがすでにマユ
ミは息絶えていた。涙が幾筋も頬を伝って、マユミの顔の上に落ちて
いく。唇を噛みしめ、ロビンはマユミを強く力の限りに抱きしめた。彼
にはそれ以外に、今の自分の感情を表現することが出来なかった。
マユミの最後の言葉が、あまりにも切なく彼の心を締め付けた。そし
てそのすぐ脇では、放り出された銃が持ち主を失って、途方に暮れて
怪しく輝きながら眠っていた。

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2008年11月15日 (土)

RobbinⅡ-レイン計画- 第十二章(5)

 警報装置のうるさい音に紛れて時折、鈍い銃声が奥の方でした。
ロビンはともすれば走り出したい衝動を必死に押さえながら、注意
深く足音を忍ばせ、音のする方にゆっくりと向かった。今この建物
の中にいるのは、ロビンとゼブラとそしてマユミだけの筈なのだ。
 両側をコンクリートに挟まれた幅三メートルほどの廊下を、彼はゆ
っくりと進んでいた。方向的に、建物の中央に向かっていることだ
けは間違いなさそうだった。淀んだ空気がやけに身体を締め付け
ているような気がし、同時に異常なほど急激に咽の乾きが気にな
り始めた。
 数メートル先がやけに明るい。おそらく発電所の中央の空間から
の明かりが漏れてきているのだろうと思われた。すぐそこに二人が
いるのだと思うと、自分が緊張するのがロビンには判った。
 乾いた銃声が聞こえ、次の瞬間、彼は意を決してその中央の空
間に飛び込んで行った。瞬時にして彼の数十センチ脇で、コンクリ
ート・タイルの小さな煙と炸裂音が連続して上がった。的確な射撃
だった。彼としては一番標的になりにくいように充分注意して、回
避動作をしながら動いているつもりなのだが、だんだん着弾位置
が彼に近付いて来ているのがわかり、瞬時の判断で左右の隠れ
る場所を探した。

 勢いよく踏み込んだロビンの左足のすぐ近くに着弾があった時、
反射的に彼はすぐ近くの右側に目に付いた、コントロールテーブル
の下に滑り込みながら、一瞬鋭い視線で周囲とその空間の構成を
一瞥した。その部屋は、円形の直径三十メートルくらいの大きさで、
中央部にはちょうど上から見ると鍵穴のような形の、堅固な機械の
ような物が壁の一方から、周りを幾重もの建築現場の囲いのような
鉄で出来たパイプで囲まれながら、繋がって建てられていた。そこ
の中二階のような場所に、人影が一瞬だけ見えたような気がした。
それとほぼ同時に彼の左腕に熱い感触が走った。完全に自分の
行動パターンは読まれている、とロビンは思った。
『ゼブラか!』
 マユミが自分を誤射するとは考えられなかった。それに彼女はま
だ、ロビンの回避パターンを知らないはずだった。テーブルの陰から
周りを見渡すと、ちょうど反対側のコンソールの脇に、そのマユミの
姿が確認出来た。片膝を立てて座り込んでいる彼女の迷彩服の所
々がどす黒く染まり、照明の光の加減で時折鈍く光るのが見える。
思いのほかダメージが大きい様子で、肩で息をしているのが、ロビ
ンのいる位置からも確認出来たくらいだった。
「マユミ、大丈夫か!」
 思わずロビンは叫んだ。その声が届いたのか、彼女もロビンの方
を見て力のない笑みを返した。状況的には二人とも圧倒的に不利
な位置にあった。見晴らしの良い場所からの狙撃が有利なのは、
至極当然である。ましてやゼブラのスナイパーとしての腕前を考え
れば、二人がかりで対抗してみたところで、どう見ても勝負は時間
の問題であった。あの夜、ゼブラの眉間を打ち抜かなかったことを、
ロビンは後悔した。
「ゼブラ、これ以上無駄なことはやめろ!野宮は逮捕されたぞ」
 返事の代わりに、ロビンの隠れているコントロールテーブルに銃弾
が一発お見舞いされ、小さな火花と金属音が上がった。
 中二階に登る螺旋階段はただ一ヶ所、マユミの隠れているコンソ
ールのすぐ前にあるだけである。相手がゼブラである以上、ロビンが
それを強行するには余りに危険が大きすぎた。おそらくは階段を半
分も登りきらないうちに、見事にあの世とやらの入り口に立っている
自分を発見することだろう。殺して下さい、と言っているのと同じこと
なのだ。
 方法はただ一つ、マユミが援護射撃をしている間に、一気にロビン
が全速力で螺旋階段を登りきるしか手はなかった。それしか今の状
況を突破する道はない。だが問題は、果たして今のマユミがゼブラの
カウンタースナイパーとして、彼の注意を充分に引き付ける役目が出
来るかどうかである。だがそれは彼女を信じるしかないのだ。

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2008年11月13日 (木)

RobbinⅡ-レイン計画- 第十二章(4)

 その場に居合わせた全ての人間の動作が凍りつき、そして静寂
があたりを支配した。やがてドスッという鈍い音と共に、眉間を見事
に打ち抜かれたプリズムの身体が地面に倒れた。ゼブラの姿はす
でに発電所内部に消えて、その場には放り出されたAK-四七が
あった。恐らく発電所内部に彼の愛銃ウインチェスター二七〇が置
いてあるのだろう。ロビンはマユミの方を見た。マユミは彼にウイン
クして見せ、微笑みながらゆっくりと立ち上がった。
「役に立てたみたいね」
 そのマユミの言葉にフッとはにかむように笑うと、ロビンは銃を下
ろして背後をゆっくりと振り返った。そこには村上警部補と本郷刑
事、そして何故か白鳥洋子が一緒にパトカーの脇に立っていた。
パトカーに設置されている警察無線が、時折ノイズと共に何かを叫
んでいるのが聞こえているだけで、誰も一言も発しなかった。
 不意に構内に非常警報ベルが鳴り響き、その場に居合わせた人
間は皆思わず発電所の方を見た。その時、不意にマユミが長い髪
をなびかせながら発電所の方に向かって駆け出したのだ。
「馬鹿な!マユミ、お前の腕でゼブラに勝てるわけがない。引き返
せ」
 プリズムの死体の足元に転がっているCAR-十五コマンド用サ
ブマシンガンがロビンの目に留まった。素早く取り上げて、弾倉に
まだかなりの弾丸が残っているのを確認した後、彼は気になって
洋子の方を振り返った。洋子もじっと彼の方を見ている。
 これで自分のカバーは完全にスッ飛んでしまうだろう。出来るなら
自分の正体は洋子にだけは知られたくなかった。津田宗弘としての
本音を言うなら、今は何もかも捨てて洋子の方を取りたかった。彼女
との明るい未来を選びたかった。しかしマユミをみすみす見殺しにす
るのは、彼の中の傭兵ロビンが絶対に許さない。逡巡している間に
も、発電所の中からは警報に紛れ、時折かすかに小さな銃声が聞こ
えて来る。
「すまん、洋子。俺はやっぱりお前の恋人としては失格なんだ」
 行かないで、と洋子の唇が動いた。ロビンはサブマシンガンを握り
締めた。悲しいほどに切なかった。心底からこの場に置き去りに出来
る自分がもう一人欲しかった。
「あいつが呼んでるんだ。行かなきゃ」
 洋子の悲しみに満ちた顔を振り切るように、ロビンは発電所の方に
向かって駆け出した。ロビンとて、自分がただで済むわけがないのは
百も承知している。
『衝動的な感情で今の俺は動いているのかも知れない。だが……わ
かってくれるよな、洋子』
 それは決して洋子に届くことの無い、彼の心の叫びだったのかもし
れない。

 開きっぱなしのドアから中の気配を伺い、聞き耳を立てながら、ロビ
ンはしばらくの間じっとしていた。構内に鳴り響く警報音以外には、不
気味なくらい物音一つしていない。彼は注意深くあたりの様子を伺い
ながら、その建物の内部に侵入して行った。
 ゼブラがウインチェスター二七〇を愛用していたように、ロビンもCAR
-十五なら扱い慣れていた。かつてのブラック・ローズ部隊のスナイパ
ー科目で、CAR-十五コマンド用サブマシンガンで、二百メートル先に
動く直径二十センチくらいの標的に対して、十発を速射に近い状態で
全て命中させられる程の腕前だったのだ。もちろん望遠レンズなど付
けずに、である。当時はゼブラに一歩譲るとは言え、ロビンの射撃の
腕前もかなりのものであった。ただし残念ながら、今それと同じことが
出来たとすれば、ほとんど奇跡に近かった。

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2008年11月12日 (水)

RobbinⅡ-レイン計画- 第十二章(3)

 二人はほぼ同時に振り返って、その原子力発電所を見た。先程ま
での表情とは打って変わって、二人とも自然と視線が鋭くなっていた。
ちょうど正面入り口の方を向いている監視カメラが一台あるのが、辛
うじて確認出来た。ロビンは彼にしては珍しく慎重に狙いを定めると、
引き金を引いた。
 鈍い音をしてカメラが破壊されたのと同時に、二人は飛び出すよう
にしてその発電所の正面入り口に向かった。ゼブラやプリズムが監
視カメラをどの程度見ているかはわからないし、今彼らが何処にいて
何をしているのかもわからないが、異常が起こったことを彼らが察知
するよりも前に、出来るだけ早くロビン達は正面入り口に到達してお
く必要があるのだ。
 重い鉄の扉が、辿り着いた彼らの正面にあった。近くで見るそれは
思いのほか、分厚く巨大な物だった。マユミは素早く扉の周辺をあち
こちを見渡し、扉の脇を這っている警報装置らしき線を見付けると、そ
れを素早く引きちぎった。その時、それを合図のようにその扉がゆっく
りと開き始めた。そしてその扉の向こう側に並んで、二人の人間が彼
らを笑顔で出迎えている姿が目に入った。
 瞬時にロビンとマユミは左右に別れて飛んだ。同時に乾いた連射音
が静かな構内に響き渡り、今まで彼らが立っていた場所のコンクリー
トの地面が白い煙を立てた。扉はやがて完全に左右に開き切った。
「ようこそ……」
 不気味に笑いながら、ゼブラがそう言った。その声を聞きながら、ロ
ビンはどうしたものかと思案した。すでに彼らは先程とは違った位置に
移動を開始している筈である。マシンガンの類であれば、連射しなが
ら踊り込んで、きっかけを掴むことも可能だろうが、彼らは通常のスナ
イパー用の銃しか持っていない。そして先程の一瞬の光景の中で、
ゼブラはAK-四七を、そしてプリズムはCAR-十五を構えていたの
だ。

 その時遠くの方から、パトカーがサイレンを派手に鳴り響かせながら、
かなりの数でこちらに向かって来るのが聞こえて来た。あらかじめ示し
合わせていたわけではなかったが、それを合図にロビンとマユミは同
時にゼブラ達がいたあたりを狙って数発を盲撃ちで発射しながら、その
門の所で互いにクロスしながら内部に飛び込むと、地面を転がりなが
らさらに数発を発射した。回転しながら移動する視界の中での狙撃は、
狙いが定まらず全く正確ではないが、今の場合は弾が何処に飛んで
行くかが保証出来ないそちらの方が、ロビン達には都合が良かった。
 案の定、彼らは位置を大幅に移動していたが、数発の内の一発が少
し離れた所にいたプリズムに命中したらしく、彼が一瞬躊躇するのがロ
ビンの視界に入った。一方で彼はゼブラの姿を探した。発電所の入り
口の所で、ゼブラが内部に走り込もうとしている後姿が、ロビンの目に
入った。
「ゼブラ!」
 そう叫ぶとロビンは、視界の端にプリズムが引き吊った形相で、自
分に銃を向けているのを知りながらも、起き上がりながらゼブラの背
中に向けて銃を構えた。同時にマユミがプリズムに銃口を向けていた。
間近に一台のパトカーが突然荒々しく停まり、数人が慌てて降りる物
音を背後に聞きながら、ロビンは引き金を躊躇無く引いていた。ほぼ
同時に三発の銃声が起こり、谺のようにその音が構内に響き渡った。
ロビンの耳元のすぐ脇を、いつか聞いたのと同じ鈍い音が、空間を切
り裂くように通り過ぎて行った。

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2008年11月 9日 (日)

RobbinⅡ-レイン計画- 第十二章(2)

 そこにはもう日本からとっくに脱出しているはずの、マユミの笑顔
が草原の中にあったのだ。彼女は唖然としているロビンを尻目に、
彼の横めがけて、原子力発電所から見えないように気を配りなが
ら、屈みながら走ってやって来た。手には彼女愛用の銃が握られ
ていた。H&Kのスナイパーライフル、PSG-一である。
「マユミ、お前」
「ふふ、来ちゃった」
 そう冗談っぽく言う彼女は、この上もなく幸せそうな顔をしていた。
彼女が近付いて来た方の彼方には、見覚えのある車が目立たない
ように停まっていた。多摩ナンバーの紺とグレーのツートンカラーの
見慣れた車、それは他ならぬロビン自身の車だった。それを見た瞬
間、ロビンには彼女の行動の全てがわかった。
「まったく……。呆れてものが言えんよ」
「しゃべれてるじゃない。で、どうなの?」
 ロビンは仕方なく簡単に状況を説明した。ここから戻れと今さら言
ってみたところで、マユミが素直に言うことを聞くとはとても思えなか
った。たしかに今は猫の手も借りたいぐらいだったが、ロビンとしては
内心はかなり複雑な心境だった。
 本郷刑事や村上警部補達は今頃何処でどうしているんだろう、と
ふとロビンは思った。昨夜はあれから、おそらく酒井を連行して訊問
しているはずだし、新たな証言が得られているかも知れない。レイン
計画の全貌や関わりあっている人間達が何処まで判明するかに興
味はあったが、今ロビンが知りたいのはゼブラ達がこれから何をする
つもりなのか、という事だけだった。ロビンは高性能双眼鏡を自分の
部屋に置き忘れて来たことを後悔した。そんな彼の気持ちを察したか
のように、マユミがつと彼にその双眼鏡を差し出した。
「要るんでしょ、そう思って持って来たわ。なんて言ったら、嘘……私
が貴方の動向を探るのに必要だったから、きっとあるだろうと思って
押入れの中を探して、勝手に持って来たの」
 ロビンはマユミに礼を言うと、早速それを発電所の方に向け、しば
らく様子を伺った。監視カメラの位置を探ろうとしたのだ。同時にゼブ
ラとプリズムのいる位置も掴んでおかなくてはならない。その横でマ
ユミが、何やら包装紙を開く時のような、ゴソゴソした音をさせていた。
「はい……」
 そう言うとマユミはロビンの鼻先に、どことなく恥ずかしそうな表情で、
アルミホイールで包んだ何かの固まりを差し出した。
「言われる前から言っとくね……おにぎり、のつもりだったんだけど、上
手く出来なくて結局、ただのご飯の丸い塊になっちゃったの。ゴメン」
 笑顔でそれを受け取ると、ロビンは包みを開いた。もうすっかり冷め
切っているが、この上もなくそれは温かく感じられた。不器用な彼女が
一生懸命作った様子がうかがえ、梅干しの赤い部分があちこちにはみ
出していて、確かにお世辞にもいい形ではなかった。
「そうだな。腹が減っては戦さは出来ぬ、か。遠慮なくご馳走になるよ」
 旨そうにロビンは、そのおにぎりにかぶりついた。どうもいつもの悪い
癖で、熱中するとロビンは食欲が何処かに置き去りになるのだ。ロビン
が美味しそうにその形の悪いおにぎりを食べるのを見て、マユミも安心
したのか、彼女も同じようにアルミホイールに包んであった自分用のお
にぎりを取り出し、食べ始めた。ロビンはまるで二人でピクニックにでも
来ているような錯覚すら覚えた。最近の一連の出来事が、まるで夢の
ようにすら感じられる。だがこのくつろぎは束の間の今だけに約束され
た、はかない夢物語にしか過ぎないことを、二人は知っていた。
 いつものように、食べ終わるとロビンはショートピースにジッポで火を
付け、大きくそして長く白い煙を吐き出した。脇でマユミはじっと、目を
細めるようにしながらそれを見ていた。やがてロビンは煙草を地面でも
み消した。傭兵達の戦いの前の休息は今、終わったのだ。

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2008年11月 7日 (金)

RobbinⅡ-レイン計画- 第十二章(1)

 結局ロビンが、ゼブラが潜んでいる原子力発電所を発見するまで
には、かなりの時間を要した。ある発電所だけ全く人気がなく静ま
り返っていたのを不審に思い、近付いて確認したのだが、そこには
ゼブラだけではなく、もう一人の男の姿が有るのが見て取れた。
『プリズム!今度は貴様か』
 ブラック・ローズ部隊の工作班の中心的存在で、カモフラージュを
得意とする傭兵パープルは、射撃は決して得意な方ではなかった。
それゆえに辛うじてロビンは彼を仕留めることが出来たのだが、相
手が傭兵プリズムでは同じことは二度とは続かない。彼は身の軽
さでは部隊随一の腕前だったし、今でもその筈である。射撃の腕は
少なくともパープルよりは上である。それにプリズムとゼブラの二人
が相手では、ロビンには勝ち目は絶対に無い。
『さて、どうするかだが……』
 彼らがこの原子力発電所で一体何を企んでいるのかは、ロビンに
は見当が付かない。原子力発電所の破壊は一番考えられるところ
だが、それをすれば彼らが一番最初に死ぬ。幾ら何でもそんな馬鹿
げたことを実行しようとしているとは思えなかった。だがある意味、日
本の象徴を消そうとまで考えて、実行しようとしている連中のことだ。
その可能性が絶対に無いとは断定出来ない。
『ひょっとして、本当のレイン計画って言うのは』
 まさかとは思いながらも、ロビンは戦慄が走るのを禁じえなかった。
今の日本で原発が一基でも爆発すれば、放射能を強烈に含んだ雨
は、一両日中に日本全土に降り注ぎ、日本は瞬時に壊滅状態に陥
り、国際的な存在価値が消える。円はただの紙切れに変わり、日本
の歴史は終わったと世界中が見放すだろう。必然的にその結果、国
内で生じるものは、混乱を避けるための戒厳令である。その中で日
本人は誰も真実を知らされずに、最後の一人まで見えない放射能に
おかされて、血を吐いて苦痛にのたうちながら死んでいくのだ。
 これまで幾らでもその気になればチャンスがありながら、海外に決
してトリムの金を持ち出さなかった野宮が、どうして今回に限ってわ
ざわざハンドキャリーしてまで、無理に持ち出す必要があるのか……
それが答えなら、筋が通るのだ。今回を逃せば、二度と持ち出せなく
なるような状況が生まれるからに違いないからだ。つまり野宮は生き
ているうちに、二度と日本の土を踏むつもりはない、と言うことになる。
そしてそれは、彼の意思とは関わり無く、日本が二度と立ち入れなく
なる状況が生まれるから、に他ならない。
『もう一度あの呪わしい、黒い雨を降らせることなんじゃないだろうな』
 たかが一つの狙撃で国内や世界が混乱する程度で終わるのなら、
野宮は単にその期間を海外で過ごせば良いのであって、わざわざ大
金をハンドキャリーする必然性はない。混乱に乗じて、番号が控えら
れた金をきれいな物に変えようという魂胆があるとしか思えないのだ。
『だから失策を犯したゼブラだけでは不安だから、パープルとプリズム
を呼び寄せた、か』
 野宮は今ごろ、警察の予期せぬ訪問を受け、緊急逮捕されているは
ずだった。それとも野宮が外交特権とやらを振り回して逃げたか、それ
はロビンには判らない。ここまで来たら日本の警察の良心を信用するし
か方法はないのだ。

 車をはるか彼方に置いて、ロビンは地形を上手く利用しながら、その
原子力発電所に接近していた。幸いなことに深い霧があたりを包み始
めている。少し窪んだ地形の草原で彼は横たわると、仰向けに寝転が
りながら煙草を吹かして灰色の空を見ていた。別にこれと言った名案
が浮かぶわけでもなかった。彼の脇には昨夜パープルが持っていた、
〇〇七の映画にも登場したことがあるドイツ軍のスナイパーライフル、
WAニ〇〇〇が暇そうに出番を待っていた。ご丁寧にもレーザーノクト
ビジョン付きである。ふと何気なく彼方の道路沿いを見ると、霧の中を
木の陰に隠れるようにして、覆面パトカーが一台停まっているのが彼
の目に入った。
『ふ、見張り付きってわけか。…まあ、仕方あるまい』
 まるでこの二日のことなど嘘であるかのように、ヨーロッパの何処か
の田園風景のようなのどかな光景が目の前にある。そしてその中に
原子力発電所が、静かにそして不気味に立っていた。
 その時ロビンは、自分を呼ぶ誰かの声を微かに聞いた気がした。声
のしたあたりを何気なく見て、彼は我が目を疑った。

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2008年11月 4日 (火)

作者の簡単レビュー 【その29】

 この第十一章を書き始めた当初は、こんなに長くなる予定じゃ
ありませんでした。イスタンブールで書いていた第一稿ではトル
コ部分の解決パートがろくに含まれていなかったので、読み返し
た時に、いくら何でもこれじゃあ片手落ちだよなあ、と思い直して
補足的に書くだけのつもりだったのです。

 全般的にこのRobbinⅡでは登場人物たちに引っ張られる形で
物語が作られていっている気がします。ケマル記者やハリム刑
事の部分なんて、その最たるものです。
 またイスタンブール編では、実は登場人物の名前にけっこう苦
労しています。よくあるトルコ人の名前とか、仕事関係で知って
いる人達の名前を一部勝手に借用したりして、それらしい名前に
して使っています。

 次の第十二章のサブタイトルは「哀しみのスナイパー」です。
日本編もついにクライマックスに突入します。そしてロビン対ゼブ
ラ、宿命の対決がついに決着をむかえます。

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2008年11月 3日 (月)

RobbinⅡ-レイン計画- 第十一章(10)

 イイギュン警部同様に、ハリム刑事もこのサカイ副領事の行動に
は疑問を持っていた。だが彼にはもっと気になることがあった。派
遣された二名の警官、そして殺害現場検証に立ち会った警官、そ
れらにはいずれにも共通する名前があったのだ。
『オルファンと、そしてもう一人…』
 ハリム刑事は、あらためてケマル記者の経歴も見直してみた。
「もともとトラブゾン生まれで現地で結婚し、地元の新聞社に勤めて
いたが、企業癒着や裏金などの摘発記事が評判を呼び、それに目
をつけたギュナイドン紙が破格の契約金で引き抜いたようだな。彼
が単身イスタンブールにやって来たのが、六年前の秋のことだ。し
かしイスタンブールでは地方と違って競争も激しく、なかなか才能
が発揮できないでいたようだ。だが三年前頃から頭角を現してスク
ープ記事を連発するようになってる。何かきっかけがあった筈だが。
まさか…ちょっと待てよ」
 そのルポライター殺害事件の、当時の各新聞紙の報道記事も、
ハリム刑事はすでに収集済みだった。掲載されている現場写真は
ギュナイドン紙のが圧倒的な迫力で、記事内容も他社にはない情
報が含まれていた。確認のため、ギュナイドン紙に連絡し、その回
答を得た時、ハリム刑事の中で何かがつながった。
『そういうことか、その時からつながっていたんだ。だとすると…』
 ハリム刑事は、深呼吸をひとつすると、パソコンの画面に向かっ
た。カーソルが点滅していて、早くパスワードを入れろと言っている。
「i…y…」
 その六文字を入力した後、ハリム刑事は確証を持って、エンター
キーを押した。
「やっぱり!」
 ファイルが何事もなかったかのように開いたのだ。たしかにあたら
めて考えると、両方の事件に関わっている人物を、ハリム刑事は迂
闊にも見逃していたのだ。
『だから、このパスワードか。情報提供を受けてたんだ』
 だがその内容は期待した程でもなく、特に捜査の有力情報になり
そうな内容は含まれていなかった。ハリム刑事はあらためて、カワ
ダ夫人殺害の調書を読み直したが、これには彼自身も当初からか
らんでいたので、特にそういった意味では目新しい発見はなかった。
「ここでも、その後、ルポライターのツダが川田氏の要請を受けて派
遣されてきてる。……妙だな、両方とも本物のルポライターなのか。
ツダの泊まっていたホテルはよくあるツーリスト向け安ホテルだから
真実味があるが、最初の方はスポンサーでもいない限り、ルポライ
ターが泊まる場所としては、高級ホテルっていうのは妙に不自然に
思える。偽者のような気がするが、彼には別の目的があったのか、
またはそこに泊まるように仕組まれていたとも言える。人の出入り
が多いホテルなら、多少は挙動不審でも気付かれにくい。待てよ、
最初の事件でホテル側にハヤシの宿泊予約したのは誰だ?」
 ハリム刑事はシェラトンホテル側に確認電話を入れ、調べた後に
折り返し電話をもらうことにした。画面上にはもうひとつ、そのホル
ダーの横に、トルコ語でバラを意味する「gul」というタイトルのホル
ダーがあった。こちらもパスワードは娘の名前ではなく、また今回
判明したパスワードでもなかった。少し本能的に嫌な感じはしたの
だが、ハリム刑事は今はそのホルダーは気にしないことにした。
と言うよりも、こちらの方こそ、まったく見当が付かないのだ。未知
の事件が何かあるのかもしれなかったが、今はこれら二つの事件
の関わりと解決を優先すべきと判断したのだ。
『イイギュンさんの情報をこれに合わせると…』
 ハリム刑事は、ジグソーパズルのコマが見えてきた気がしていた。
「カパルチャルシュで貴金属売りの呼び込みをやってたカミルという
男が、このルポライター殺害事件が発生してから一カ月も経たない
頃に、致死量の睡眠薬服用で死亡していた。近所の目撃者の話で
は、下半身丸出しで自宅のベッドの上で死んでたらしい。そしてだ、
時を同じくして同棲相手の女性が姿を消す。そしてその女性が、カ
ワダ夫人殺害事件の際に、サカイの要請を受けて現場に派遣され
てきた。だが待てよ、カミルはどうして殺されたんだ」

 ハリム刑事は調書置き場に行き、時間をかけてカミル殺害事件の
調書を探し出そうとしたが、見つからなかった。
『見当たらないとはどういうことだ。誰かが持ち出してる?あの事件
を今さら誰が…。それに捜査が打ち切りになった事が何か記載され
ているのかどうかだ。まさか今回もサカイがからんでるんじゃあるま
いな。それとも例の連中の誰かの仕業か』
 例の連中というのは、イスタンブール市警の中に暗に存在してい
る悪徳警官のグループである。ハリム刑事は警察省の特命を受け
て、イスタンブール市警に潜入捜査をしているのだった。だがこのこ
とは、上司であるイイギュン警部にも知らされてはいないし、ハリム
からも絶対に誰にも口外してはいけないことになっている。
『この女がカギを握ってることは間違いない。サカイと親密な関係に
あると睨んでいたが、もし当たっているとなると、サカイがらみか。ル
ポライター殺害の現場にいた二名が、この女とカミルって可能性が
ある。その秘密を知られたカミルを口封じで殺した…辻褄としては
合うな』
 そう考え事をしていた時、彼の机の上の電話が鳴った。シェラトン
ホテルからの回答電話だった。ハヤシのホテル予約を入れたのは、
トルコ語を話す女性だったという情報だった。被害者がチェックイン
した時に、すぐ近くにその女がいたかどうかまではわからなかった。  
「しかし、すでにサカイは…」
 尋問しようにも、もう無理だった。彼は長かったトルコ共和国での
任期を終え、二か月ほど前に日本に帰国してしまっているのだった。
よほどの物的証拠でもない限り、トルコ警察が日本の警察に代理で
逮捕拘束を要請することなど出来ない。相談しようにも、肝心のイイ
ギュン警部は、ここ二、三日体調不良で珍しく休みを取っていた。
見舞いに行こうかと思ったのだが、細菌性の下痢とかで感染すると
まずいから来ないでいいと、電話口で言っていた。
『何を食べたんだよ、イイギュンさん』

 相変わらず遠くの方の声は鎮まる様子もなく、悲鳴とも驚愕とも取
れる声に変わっていた。
『何だよ、いったい』
 ロビー近くのテレビを設置してあるあたりで、それは起こっていた。
周りを警察署内の野次馬がどんどん取り巻き始めている。尋常では
ないその雰囲気がさすがに気になり、ハリム刑事はその場所に行っ
てみた。テレビの緊急ニュースで、アナウンサーが叫ぶように概要を
繰り返し説明している。
「日本で、そんなことが…」
 イスタンブール市警のその時そこにいた全員が、そのテレビのニュ
ース速報に互いに顔を見合せ、ただ立ち尽くすだけだった。

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2008年11月 1日 (土)

RobbinⅡ-レイン計画- 第十一章(9)

 それから二ヶ月間と言うもの、ハリム刑事はイスタンブール市警
にいる時は、ほとんどこのパスワード解析を試みた。過去形となっ
ている事件については、使用パスワードはハリム刑事の予想通り、
ケマル記者の娘の名前だった。だがイイギュン警部が気にしてい
る、三年前の日本人ルポライター殺害事件とカワダ夫人暴行殺人
事件の二つについては、パスワードは別のものらしく、幾つか試し
たがどれもダメだった。
『どういうことだ。カワダ夫人殺害の方が未解決なのはわかるが、
もう一方の日本人ルポライター殺害の方は、とっくに迷宮入りして
る過去の事件だ。今さら新しい進展があるなんて思えないんだが、
ケマル記者は独自でずっと何かを追い続けていたってことか。い
ずれにせよ、パスワードがわからなきゃ話にならん』
 座ったままで背伸びしながら少し反りかえり、あくびをしたハリム
刑事の背後の遥か彼方、ちょうどイスタンブール市警の出入口あ
たりと思われるあたりから、歓声ともどよめきとも取れる声がした。
『またぁ、誰か有名人が通りかかったとでも言うのか。ほんと好き
だなあ』
 超美系と抜群のプロポーションで知られる歌手、シベル・ジャンが、
三か月ほど前に歌のプロモーションビデオ撮影を近くでしていた時
の、イスタンブール市警の中のあの大騒ぎを思い出し、ハリム刑事
は呆れた。
『歌唱力なんて全然ないのに、どうして顔がいいだけでこうももては
やすのかね…』
 ハリム刑事がお気に入りなのは、小柄で少しボリュームのある、
それでいてパンチの利いた歌で、現地ポップス曲のベストテン常連
歌手、セゼン・アクスだった。今も机の上で自分だけに聞こえる程度
に、彼女のファーストアルバムのカセットを小さな音で控え目に鳴ら
しているのだ。
『完全に行き詰ってるな。見方を変えなきゃ駄目だ』
 そう思い、ハリム刑事は日本人ルポライター殺害事件の手書き調
書を、あらためて最初から眺め直した。

「事件が起こったのは、今から三年少し前の八十八年春。当時日本
からトルコの現地生活レポートを記事にしようと、ルポライターのハヤ
シ・ケニチロウがやって来て、タキシム広場近くの高級ホテル、シェ
ラトンホテルにチェックインした。ルポライターが高級ホテルに泊まる
って言うのも、何か不自然な気はするんだがな。
 で、この日の夜は、ホテルのレストランで夕食しているのがレシート
へのサインでも確認されていて、その際に女性と同席しているという
目撃情報がある。だがその相手女性の詳細がわかっていない。比較
的小柄で黒く長い髪をしていたようだという話があるな、それだと…こ
の部屋の現場検証の際に見つかったという黒く長い髪の毛、とも一致
するから、食事の後にその女性と部屋に戻った可能性が高い。かなり
上機嫌で酔っぱらっていた風だったとも従業員が証言しているしな。
だが彼らがこのハヤシを見たのは、結局それが最初で最後だ。
 結局彼は、到着翌日からホテルを出た姿が誰にも目撃されていない。
部屋のドアには、ドント・ディスターブの札がかかったままだったらしい
から、メイドも部屋に入れないってわけだ。それがその翌日も翌々日も
続き、食事を頼んだ形跡が全くなかったことから、さすがに不審に思っ
たホテル側が、部屋に電話を入れたが誰も出ない。
 そこでイスタンブール市警に電話して、警官を二名派遣してもらった
後に、マスターキーを使って彼らと一緒に部屋に入っている。すると部
屋の中には本人はおらず、パスポートを始めとした持ち物はそのまま
になっていた、部屋のキーもあったと記載されている。
 こうなると何者かに部屋から拉致された可能性が高くなってくるが、
部屋には特に争った跡もなかった、とある。だがガジ・オスマンパシャ
で変死体で発見された時、死体解剖の結果として、ほぼ致死量に近
い睡眠薬成分が血中から検出されていたことが記されている。だが直
接の死因は、後頭部からの鈍器による打撲と思われる頭がい骨骨折
だ。
 発見現場の検証では…足跡が複数あるな。少なくとも被害者以外に
二名はいた痕跡がある。睡眠薬で眠らせた後に運び出して、ここで被
害者が目を覚まして逃げようとしたところを、追いかけて行って後頭部
から撲殺、ってところか。痕跡からして、これは一人は男だがもう一人
は女だな、他の二種類よりも明らかに足跡が小さい。一緒にいたとい
う女と思って間違いなかろう。その女が被害者を騙して、睡眠薬強盗
をやってのけた、仲間の男を呼んでホテルからうまく人目につかない
ように運び出したっていうところまでは想像が付く。
 被害者の死亡推定時刻からして、殺害されたのは到着した翌日の
早朝だな。身元をわからなくするために、財布とかは全部抜き取られ
ていたが、上着のポケットの隅にたまたま名刺がしわになって入って
いたのを犯人が見逃したのが、身元が割れるきっかけだった。で、そ
の第一発見者は…近くに住んでいた住人か。早朝ジョギングの際に、
連れていた犬が過剰に反応するので、不審に思って近づいて行き、
死体を発見したってわけだ。
 ほう、ホテル従業員と殺害現場付近の聞き込みはきっちりやってる
な。何人かの証言はあるが…だめだ、どれも曖昧で決め手にはなら
ない。その後に、これだ。日本の親族の強い要望でこれ以上の捜査
は不要であると日本領事館のサカイ副領事から警察省経由で要請
があった、とある。この事件はこれ以上進展してないな。ここで調書
が終わってる」

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