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2008年5月11日 (日)

RobbinⅡ-レイン計画- 第五章(2)

 花屋のある一角を通って、彼らはドルムシュ乗り場に向かった。もち
ろん津田にとっては、乗るのは初めてである。彼方の駐車場の向こう
側に、ごつい黒塗りのかなりポンコツに近い車体ばかりが、幾つか並
んでいる光景が津田の目に入ってきた。
 ドルムシュとはいわゆる相乗りタクシーのようなものだが、その車体
は昔のアメリカ映画に登場するような大型の物ばかりで、新しい車体
はひとつもない。しかもディーゼルエンジンに乗せ換えているせいか、
乗り心地は今一つであり、車内も決してお世辞にも綺麗とは言えない。
 乗客定員は八名で、運転手の横に二名、中央座席に三名、後部座
席に三名が座れる。定員が揃わないと出発しないが、バスと違って自
分の降りたい所で運転手に声を掛けると降りられる便利さがあるし、
空き席があれば途中ルートの何処からでも乗り込めることもあり、現
地の人々の足としてよく利用されている。
 もちろん始発地と終着地は決まっており、ルートも大体決まっている
のだが、乗客の目的地によっては若干変更されることも稀にあるらし
かった。ただし最近では、あまりにも自由すぎることから規制の声も
聞かれ始めていて、決められた場所以外での乗り降りを禁止しようと
する動きもあるらしかった。津田はそういう簡単な説明を、歩きながら
杉本弘美から受けた。
「さ、乗りましょう」
 そう言うと杉本弘美は手慣れた雰囲気で、さっさとその並んでいる
一番前のドルムシュに近付くと乗り込んだ。慌てて津田もそれに続く。
運転手の右に二人と、後部座席に二人、そして中央座席に一人がす
でに乗っていた。彼らは二人分並んで空いている中央座席に隣あって
座った。
「最後の一人が来ないと出ないんだよね。出発までどのくらい待つの」
「急ぐ方法はありますよ。その空席の分も自分が払えば、ね」
「へえ。じゃ、一人でこの八人分を払えば、貸切にも出来るわけだ」
「そういうことです。でも庶民の足代わりだから、そこまでする人は居
ないですけど」
 そうこう言っているうちに、最後の一人が乗り込んで来て、津田のす
ぐ右にある今にも壊れそうなドアをバタンと強目に閉めた。しばらくの
沈黙が車内を支配し、やがて近くで話をしていた運転手がのろのろと
やって来た。やっと出発らしかった。

 ドルムシュが動き始めると、乗客はそれぞれ目的地を言い、運転手
に所定の運賃を支払う。定かでない場合は、運転手に大声で尋ねて
よいことになっている。中央の座席は後部座席の人間の金を運転手
に渡すという仲介作業が付加されているらしく、杉本弘美と彼女の左
側に座っているトルコ人が、当たり前のようにそれをやっている。不思
議と津田に依頼する人間がいなかったところを見ると、不慣れである
ことを見抜いているらしかった。
 そのドルムシュはカドキョイを出発すると登り坂を登り、やがてマクド
ナルドの名前の入った噴水を左に見ながら、道沿いに真っ直に進んで
行く。
「また、あんな無駄なことを。この水不足の時に」
 杉本弘美はその派手に上がる噴水を一瞥しながら、そう小声で言っ
た。ドルムシュは今度は坂を下り始め、やがて左折し、球場らしきもの
に沿って進んで行った。
「ここはフェナルバッチェっていうサッカーチームのホームグランドです。
トルコは、サッカーが盛んで、熱狂的って言ってもいいくらいなんです」
 ドルムシュは混雑した一角を抜け、やがて十分程行くと、左手に広い
公園のようなものが見えて来た。杉本弘美の横に座っていたトルコ人
が何やら運転手に言うと、そのドルムシュは急停車に近い形で、道路
の右に止まった。
「津田さん、いったん降りて下さい」
 杉本弘美にそう言われ、津田は苦労してドアを開けると、降りた。杉
本弘美がそれに続く。トルコ人が降りた後に、再び彼らが乗り込むわけ
である。ちょうどその場所には、トルコ人の太目の中年女性がドルムシ
ュを待って立っており、彼女は津田の後に乗り込んで来た。やっと津田
はシステム自体が理解出来た。それからしばらくの間で、乗客の何人
かが降りて行き、後部座席は空っぽになった。それでもその太目の女
性は後部座席に移ろうともせず、津田の横に窮屈に座ったままだった。
 やがて目の前に海が見えて来て、右に海岸線が見える景色が続いて
いく。彼らを乗せたドルムシュは、その海沿いの道に沿って走って行った。
「この道が、サヒルヨールって言われてる道です。つまり、海岸道」
 信号を幾つか過ぎたあたりで、杉本弘美が不意に運転手に言った。
「ムサイト・イェルデ……」
 それは津田にとっては、まるで魔法の呪文だった。運転手は軽く頷くと、
即座に車を止めたのだ。そして津田は杉本弘美に促されるようにして、そ
の中年女性のお尻を見ながら、ドルムシュから降りた。どうやら、彼らの
目的地近くらしかった。
「あそこにスワディエって書いてあるから、多分ここでいいと思うんです」
 杉本弘美の指差した道向かいのあたりに、青に白抜き文字で書かれて
いる小さな文字看板があった。サヒルヨールをわたる必要があるのだが、
東のボスタンジュ方面に向かう一方通行の道路なので、左側からの車だ
けに注意すればよかったので、津田にも渡るのは容易だった。渡り終えた
後は、その看板の向きにある道沿いに歩いて行った。
 やがて角にガソリンスタンドがある大きな四つ角に出て来た。杉本弘美
に、ここがバーダット通りです、と言われて津田は川田に書いてもらった
地図をポケットから取り出した。一度だけタクシーで訪れた時の記憶が、
わずかによみがえって来る。杉本弘美が歩きながら言う。
「ここは、日本でいうと青山通りってところでしょうね。銀座みたいな派手
さはないけど、高級な店が多いし、お金持ちが多く住んでるところです」
 やがて目指すアパートが見えて来た。入り口に立ち、津田は大きく深
呼吸を一つした。

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