RobbinⅡ-レイン計画- 第四章(10)
「ここが、本当のチチェック・バザール、つまり花市場。もっとも花を売っ
てるのはここの入り口の店だけで、あとは普通の市場ですけどね。ち
なみに言うと、この先の左の路地を行った所にはシュテッシっていう、
豚肉を売ってる店があります。イスラム教の国だから一般には豚肉は
食べないの、それは御存じでしょ。その近くには、もやしを売ってたり、
季節によっては白菜が出てる時もあるわ」
「ふうん、もやしと白菜か。日本食にも不自由しないってことかい」
「でも、白菜は輸入物みたいで、冷凍ですよ。解凍して売ってたから」
「へえ。じゃ、大根とかごぼうもあるわけ」
「いいえ、残念ながらそれは見たことありません」
彼女は津田の少し先に立って歩きながら、色々並んで売られている
物の説明をしてくれた。やがて右に行く路地を指差して、彼女は言った。
「この先に道の両側にレストランが並んでるんです。トルコ料理の店で
すけど、そっちで食べた方が、さっきのチチェック・バザールって名前の
出てる建物の中で食べるより、ずっとおいしいと思うわ。どこでもそうだ
けど、観光名所化してるところでおいしい物を食べられるはずないです
しね。でも今はまだ早いから、ビラハネで一杯やりましょ」
「ビラハネ、って」
「直訳すればビールの家、要はトルコの一杯飲み屋さん。もっとも女性
はまず居ない筈だから、日本の大衆酒場みたいな所を想像しちゃうと、
津田さん、きっとがっかりすると思うな」
彼女はそう笑いながら言うと、その路地沿いの左側にある一軒の店
に入って行った。津田も彼女に続いて入ったが、例によってその場に
居合わせたトルコ人達の視線を一斉に浴びた。彼女は別にそれを気
にするわけでもなく、二階への階段を上がって行く。津田もそれに続
いた。彼女はさっさと窓際のテーブルに腰掛けると、近付いて来たボ
ーイに何やら早口で言った後、正面に座った津田の方を向いた。ボー
イがうなずいて去っていくところを見ると、トルコ語が喋れるというのは、
たしかに間違いないようだった。
「さて、じゃ津田さん、あそこからここまで来る方法の正解をお教えしま
しょう。まず一番手っとり早いのは、バスを利用することでした。これだ
と上手く循環バスに乗れば、乗り換え無しでタキシム広場までやって
来られます。あそこからだと、T1って書いてあるバスがそれにあたりま
すけどね。バスのビレット、つまり乗車券は持ってないと思うけど、どこ
でもバス停の近くにはビレット売りが居ますから、値段を気にしなけれ
ば彼らから買えます。ちなみにバスにはニ種類あって、市営バスとマビ
バスって通称言われてる個人経営のバスがあるんです。そのマビの方
だと、チケットが無くても現金でもいいんです」
「それ以外のバスに乗った場合は、どうすればいい」
「今回の場合だと、行き先にもよりますけど、安全策としてはエミニュヌ
で、トルコ語でバプールって言いますけど、つまり汽船の乗り場が三つ
並んで有った所で降りた方が間違いないです」
「えーっと、シルケジ駅って言ったかな、それが有るあたりのことかな」
「あら、多少は御存じみたいね。そうです。バスが新市街の方へ行くの
か、旧市街側を回るのかは、多分津田さんには判断がつかないまま
乗ることになると思いますから」
「その、エミニュニュ」
「エミニュヌ」
「そう、そのエミニュルで」
「エミニュルじゃ有りません、エミニュヌ!」
「難しいな。そのエミニュヌで降りた場合は、それから先は」
「仕方ないから、ガラタ橋を歩いて渡り、カラキョイでチュネルに乗って
イスティックラル通りまで上がって来た方がいいでしょうね。カラキョイ
から娼婦坂、ごめんなさいね、これは私が勝手に付けてる名前なんで
すけど、そのかなり急な坂道を登ってガラタ塔の所に出て来れば、イ
スティックラル通りまですぐ出られますけどね。チュネルって言うのは、
直訳するとトンネルって意味なんですけど、一駅だけの地下鉄ってい
うか登山電車みたいなのが、この地下に走ってるんです」
「あとは、歩いてここまで、ってことになるのかな」
「そうですね。ここはイスティックラル通りのちょうど中間あたりになりま
すから、どっちから歩いても早足ならせいぜい五分強ってとこでしょうね。
知ってれば、イスティックラル通りを走ってる路面電車に乗るのもいい
でしょうけど。あれもバスのビレットが使えますし、持ってなければ乗っ
てから車掌から買えます」
「ふうん……ところで、弘美ちゃんはどうやってここまで来たの」
「私は、アタチュルク橋からシシャーネ、テペバシって所を経由して、タ
キシム広場を通ってメジデイキョイまで行くバスが来たのでそれに乗り
ました。ちょうどこの裏手あたりで降りて、ここまで歩いて来ました」
「なるほど」
「津田さんは?怒らないから、正直に言って下さい。タクシー、使ったん
でしょ」
「いいや、本当に使ってないよ。ほとんど今のパターンさ」
「本当に。だとしたら、凄いわ」
「タネ証しするとね、観光警察だっけ、観光客用の相談窓口みたいなも
のがあそこの近くにあったよね。あそこだけはちゃんと英語が通じるか
ら、そこでここまで行く方法を聞いたのさ。バスの番号を聞いて、ビレット
売りから切符を買って乗ったよ。チュネルの入口を見つけるのに少し手
間どってアセったけどね。だけど、一つだけ違うところがある」
「違うところ」
「そう、走っても間に合わない可能性があったんで、最後にイスティック
ラル通りを走る路面電車を使ったんだけど、乗ったわけじゃない」
「?」
「チュネルを出た所に路面電車の乗り場があるじゃない。そこにある
路線図っていうのかな、それを見ながらチチェック・バザールって尋
ねたら、親切な人が指差して教えてくれたんで大体の位置は見当
が付いたんだ。でも乗っちまうと、チチェック・バザールを見付けても
途中で降りられないと困ると思ったから、ちょっと無断で後ろに掴ま
らせてもらった」
「え」
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