RobbinⅡ-レイン計画- 第四章(4)
やっと一息つけた、という感じだった。ふと、腕時計を見るといつの間
にかとっくに昼になっている。よく考えてみれば、朝到着して以来、何も
口にしていなかった。急に空腹感が出てきて、思わず軽い眩暈に襲わ
れた津田は、何処かで軽い食事をしようと外に出ることにした。
バッグから三大貴重品、とは言ってもパスポートと現金と帰国用のオ
ープンチケットだが、を取り出すとポーチに入れて手に下げ、バッグには
鍵をかけたうえで自転車用の番号合わせのチェーンを取っ手に通すと、
その一方をテーブルの足にくぐらせ結び付けた。俺はお前達を信用して
いないぞということが見え見えで、津田としても余り好きではないやり方
なのだが、安易に相手を信用するには、津田は少々これまでの経験が
多すぎた。
ホテルの前の道を大通りとは逆方向にしばらく歩いた後、近くのトルコ
人相手のロカンタ、日本で言う大衆食堂に入った津田は、いっせいにそ
の場にいたトルコ人達の目線を浴び、さすがに一瞬たじろいだ。商売柄、
逆の立場に立たされると弱いものである。川田の言った通り、英語は全
く通じないようだった。もっとも、物を食べるのに流暢な英語は必要ない
のだが。オリーブオイル独特の香りが、津田の鼻に付く。初めて見るだ
けに、津田も物珍しくあたりを見回していた。その店は観光客にはほと
んど縁がないらしく、やがて店の従業員が持って来たメニューには、トル
コ語しか書かれていない始末だった。
相変わらず皆、物珍しげに津田の方をちらちらと見ていた。『地球の歩
き方』に簡単なトルコ語の料理や物の名前が出ていたのを思い出したが、
ホテルに忘れてきてしまっている以上、どうにもならない。自力で何とか
するしかなかった。ジェスチャーや英語交じりでこちらの意思を必死で伝
えようとするのだが、そのボーイは英語が全く判らないようで、なかなか
上手く行かなかった。そのうち、その様子を見ていた何人かのトルコ人
が、津田の座ったテーブルの周りに寄って来て、彼を取り囲んだ。
『な、何だ?』
津田は内心身構えていたのだが、彼らは津田にではなく、そのボーイ
に何事かを早口で言っていた。頷いたボーイは奥に引っ込むと、やがて
何やら皿に入れた物を運んで来て、津田のテーブルに置いた。何種類
かの料理の材料が山積みされている。周りの人間はジェスチャーで、ど
うやら津田にこの中から食べたい物を選べと言っているようだった。結局
津田はその中の一つを指差し、ボーイは頷いた。周りを取り囲んでいた
人間達も、津田に笑顔で挨拶すると、めいめいにもと居たテーブルに戻
って行った。津田の困っている様子を見かねて、手助けに来てくれたよ
うだった。
『結構いいとこ、有るじゃないか』
津田は親日国であるトルコ人の気質の一端を垣間見た気がした。もち
ろんそれが全てではないのだろうが、少なくとも人が困っているのを見な
がら、見て見ぬふりをする何処かの国の人間よりは、津田にははるかに
好感が持てた。それまでの出来事が、たったこれだけで一気に帳消しに
なったような気さえしてくるのだから、人間というものは単純に出来てい
るらしい。
やがて先に運ばれて来たコーラが三分の一ほどに減った頃、その料
理が運ばれて来た。日本のハンバーグに良く似ているが、一個一個が
もっと小さく、数個がその皿に盛られている。いわゆるトルコで一般にキ
ョフテと呼ばれているものだった。その横に玉葱の千切りが紫色の香辛
料に大雑把にまみれ、緑のパセリのようなものの微塵切りが一緒にな
って乗っている。
『…お。結構、旨いじゃないか』
香辛料のきつさを除けば、結構日本人の口に合うと言えた。テーブル
の上に別に置かれたバスケットに入ったフランスパンのぶつ切りをちぎ
りながら、津田はそれなりに満足のいく食事をすることが出来た。そして
やがて食事を終えた津田は、ゼロの多いトルコリラの金額に戸惑いなが
ら勘定を済ませ、その店を出た。
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