RobbinⅡ-レイン計画- 第四章(5)
周辺を散歩がてらに見ておこうと、津田はアヤソフィアやスルタンアホ
メットジャミイの見える先程の大通りまで来ると、カパル・チャルシュ(グ
ランド・バザール)の方に歩き出した。埃っぽい乾いた空気が何とも言え
ず、それに輪をかけるように、通り過ぎる車の排気ガスが混じってくる。
やがて右手に、遠目に見ても明らかな、林立した観光土産物店群と思し
き一角が不意に見えてきた。その屋根あたりには丸い小型の、よくジャ
ミイのメインドームにおまけのようにくっついている、椀をひっくり返したよ
うな、一種独特の形状のものがずらりと並んで見えている。
『ま、今くらいだけは、噂のグランド・バザールの中を覗いたって、罰は当
たらんだろう』
津田はそんな軽い気持ちで、カパル・チャルシュの方に向かった。表に
は観光客目当ての安物の土産物を売る人間達が、声をかけながら幾人
もたむろしている。道沿いのレザーショップや絨毯屋からも、しきりと呼び
込みの声がかかる。
津田の前にも、観光客と思しき人間が数人歩いていたが、彼らはいか
にも観光客らしく辺りをきょろきょろ見渡しながら地図を持って歩いている
ので、たちまちおもちゃのような笛や絵葉書、独楽、明らかにプリント印
刷されていると判るジャミイの入ったバスタオルのような物などを手に持
った、物売りの男達の格好の的になっていた。
その後ろに続く津田とて、物珍しいのであちこち左右に目を走らせなが
ら歩いているのだが、彼は決して頭まできょろきょろさせない。だから顔
は正面を向いたままである。そしてサングラスをしているお陰で、津田の
目線が彼らに見えないことが幸いしていたと言える。物売りにすれば、
津田は観光客ではなく、勝手を知っていて目的地に向かって歩いている
人間のように見えていたのかも知れなかった。
古ぼけた門からカパル・チャルシュの内部に入った津田は、思わずそ
の金屋街の毒気に呆れ果ててしまった。その門から遥か彼方に続く道
の両側は金色で輝いていたのだ。時折、歩く津田の脇から、日本語で
呼び込みの声がかかる。津田は内心苦笑しながら歩いていた。貴金属
を扱っている店が並んでいることもあるのだろうが、時おり自動小銃を持
った警官らしき人間が立っているのが目に入った。瞬時に、セーフティ・
ロックが外されていることが読み取れた。
金屋筋から奥の方に繋がる道を曲がって行くと、その中はまるで迷路
のようだった。衣料品を売っているブロックがあるかと思えば、絨毯、ア
ンティーク、銀製品、トルコ民芸品を売っている各ブロックがあり、カフェ
テリア、レストラン、郵便局、両替所まで有ったのだ。
津田が最初に入って来た金屋筋に戻るまでの間、かなりあちこちから
日本語の呼び込みがかかった。たちの悪いのになると、「財布が落ちま
した」と言ってこちらの反応を伺っている男もいる。特に絨毯のブロックで、
しきりと声がかかる。もっともこれは仕方ないとも言える。呼び込みの人
間は一説によれば、絨毯が売れた場合、その利益の三十パーセント程
度を仲介マージンとして手に入れることが出来るらしいのだ。
『よっぽど日本人の旅行者は、いいカモなんだな』
津田は昔の経験から、比較的簡単に元の金屋筋に戻ることが出来た
が、これが通常の人間だと完全に迷子のようになってしまうだろうと思え
た。およそ二十ほどある出入り口の門に加え、内部の道が複雑に入り組
んでおり、微妙に曲がっていたり緩やかな坂になっていたりする。人混み
の凄さや店に並ぶ品々に気を取られ始めると、その方向感覚が次第に
狂わされていくのだ。そして結局、全く知らぬ門から出て戸惑い、再びそ
の中で何処をどう歩いているのか判然としないままに、何とか元の場所
へ戻ろうと悪戦苦闘する羽目になっていく。
津田とて本当なら、洋子に金製品でも何か買って行ってやりたいのは
やまやまなのだが、今からそれに金を使うわけには行かなかった。全て
はこれからの調査の進捗次第なのだ。津田は順調に調査が終わること
を心から願いながら、カパルチャルシュを後にした。

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