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2008年2月24日 (日)

作者の簡単レビュー 【その17】

 RobbinⅠ-帝王の花嫁- 、全120回の掲載を無事終了しましたが、い
かがだったでしょうか?

 この物語自体は、1989年前後にプロローグ部分を書き始めてはいま
したが、遅遅として進まず、それ以外に各章のアイデアが断片的に存
在するだけのものでした。なので当時は、ああこの作品もこれまで同
様に未完のままで終わってしまうのか、と思っていました。
 女房子供がいますので、日本にいる限り、じっくりと構想を練りながら
作品を書き上げる事など、その時の平凡な会社員の私には無理だった
からです。それに私が作家もどきに執筆していることは、家族には伏せ
て内緒にしてありましたから、余計です。
 そんな折、仕事上で海外赴任の話があり、単身赴任先のイスタンブ
ールで、初めてワープロを使いながら、1990年2月~5月でこの作品を
書き上げました。その後何度か推敲を重ね、現在の形に至りました。
これが最終形だとは思っていませんが、今お届けできるのはこの状態
まで、です。

 参考文献:  「傭兵部隊」 落合信彦
         「危険な話」 広瀬 隆
         「チェルノブイリ食料汚染」 七沢 潔
         「世界の軍用銃」 ワールドフォトプレス編
         「ザ・グリーンベレー」 柘植久慶
         「フランス外人部隊」 柘植久慶
         「興信所」 露木まさひろ

※この物語はフィクションであり、登場する人物、団体名などはすべて
  架空のものです。

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2008年2月23日 (土)

RobbinⅠ-帝王の花嫁- エピローグ(7)

「今度、フランクと一度会っておくといい」
「フランク……フランク・ウィリアムスですか」
「ほう、流石だな。知っていたかね」
「直接の面識はありませんが、噂だけは」
「噂か。どんな噂だね」
「うちの部隊を総動員しても、彼一人に殲滅させられるだろうって噂で
すよ。少し前までグリーンベレーの現役部隊長だった猛者が相手では、
役者がちがい過ぎますからね」
 ホフマン長官はそれを聞いて、珍しく声を出して笑った。
「今度機会があれば、本人に伝えておこう。きっとこう言うだろうな……
私は過小評価されるのは構いませんが、過大評価されるのは好きじゃ
ありません、とな」
「ほう。私の所にも昔、それと同じことを言う傭兵がいましたよ」
「ふむ、そいつの名前は何と?」
「……忘れました。すでに三年ほど前に除隊した奴ですから」
「まあ、いい。ではレイン計画の発動まで、しばらく地下工作を頼むよ」
「了解しました」
 男は先ほどホフマン長官が書きなぐった、正木英嗣のフライトナンバ
ーと日時を書いたメモ用紙を受け取ると、その部屋を出て行こうとした。
ドアのノブに手をかけ部屋の外に出ようとして、男はふと思い付いた風
に立ち止まった。
「そう、思い出しましたよ。長官」
「何かね」
「先ほどの、フランク氏と同じことを言ってた、私の部隊の傭兵の名前
ですよ」
「些細な事さ、気にしなくてもよかったのに」
「ロビン、っていう名前の傭兵でした」
「ロビン、か」
 男が静かにドアを閉めて部屋を出て行くのとほぼ同時に、ホフマン長
官の机の上の電話が鳴り、彼は静かに受話器を取った。
「私だ」
 パリからの国際電話で、相手は要領良く手短かに、用件を伝えた。
「わかった、予定通りに行動してくれ。くれぐれも内密にな」
 そう短く答えただけで、彼は受話器を置くと、少し前まで先程の男が
立っていたあたりに立ち、同じように窓越しに外を眺めた。
「雨か……」
 そう誰に言うともなく呟くと、彼は小さく一つ溜息をついた。先程の男
が思い出した傭兵の名前など、すでに頭の中から消え去ってしまって
いる。
「さてと、正面に立ち塞がる障害は、もうすぐ自然な形で消えてなくな
る。これからが本当の正念場だな。噂のブラック・ローズ部隊のお手並
みを拝見するとしようか」
 彼は今しも正面玄関の脇から静かに発進する、黒塗りのベンツを見
た。後部座席に先程の男が座っているのが目視で確認出来た。サイド
ミラーのところに括りつけられている小さな国旗が、雨の中にも関わら
ず、風を受けてひらめく。
 それは先程の男の所属する、そしてロビンや洋子のいる、日本の国
旗だった。
                                       fin

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2008年2月22日 (金)

RobbinⅠ-帝王の花嫁- エピローグ(6)

「ふん、そいつは君の中にだって、存在しているだろう。日本人である
以上、多かれ少なかれ彼らの存在が、深層心理に刻み込まれてる筈
だ。伝統的な民族性なのか、国民性かは知らんがね……。だが今に
必ず抹殺してやる。それを実行する上での障害が奴だ。
 正木は少々我々に深入りし過ぎた。奴が我々の計画を知れば猛烈
に反発してくるだろう。いや多分、凡そ考えられる全ての手段で妨害
工作を仕掛けてくるのは、火を見るより明らかだ。この微妙な時期に、
奴が日米通商産業連盟の顧問をしているのは、余りにもまずいんだ。
余計な詮索をされるのを私は好まない。たとえそれが、私の古くから
の友人であっても、だ」
 相手の男はやっと、何かに気付いたような表情をした。
「たしかに彼はよくやってくれた、だがそれはこれまでの過去の実績だ。
これからも我々の協力者であり続ける保証はない。ましてや生粋の日
本人である彼が、この我々の計画に賛同するとはとても思えない。すで
に我々の行動を不審に思い始めているフシもあったしな」
「長官、まさか?……私は知らされていませんでした。彼個人のトラブ
ルが発覚したに過ぎないと思っていましたが、裏で貴方が糸を引いて
いたなんて」
「そうだ。君に打ち明けなかった事は、本当に申し訳なかったと思って
いるよ。君は平和主義者だから、話せば判るとでも言うんだろうが、私
は彼を古くから知っている。彼が我々のレイン計画を容認出来る筈が
ないんだよ。
 真のターゲットを抹殺するためには準備がいる。いきなり現役の彼が
死んでしまえば、騒ぎも大きくなるしマスコミだって騒ぐさ。順序としては
まず、彼を今の立場から完全に葬り去る事だ。次に、彼が自然な形で
この世からいなくなっても、波及効果は最小限で収まる。今回の事件
の発端は彼の私生活が原因なんだ。その責任を彼が取るのは、しごく
当然と言えるからね」
「ですが……だからと言って、今回のような刑事事件にまで事を大きく
する必要があったんですか。意図的に彼を追い落とす事は、幾らでも可
能でしょう」
「正直言って、私もこうも事が大袈裟になるとは思っていなかった。まァ、
欲が出たんだろうな」
「一体、誰に指示を」
「まあ、いいじゃないか。君も知っている奴だ、とだけ言っておこう。たし
かに、決してスマートな手段を取らなかったが、色々な人間の思惑が絡
み合っただけの事だ。結果は誤差範囲だった。あとは最後の詰めが残
っているだけだ、それは君に任せる」
「はァ……」
「レイン計画に関しては、国防省も協力を惜しまないだろう」
「ペンタゴンまでをも動かそうと。本気ですか?」
「私とて君の部隊の実力は充分評価するが、それだけでは今の日本は
ひっくり返せない。これは事実だ」
「………」

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2008年2月21日 (木)

RobbinⅠ-帝王の花嫁- エピローグ(5)

 テーブルの上の黒電話が、チンと小さな音を立てた。その音に促され
るように、窓越しに雨の中を行き交う車を見ていた男は、マイク・ホフマ
ン長官の方を振り返った。
「正木が明日の便で、日本を発つそうだ。面倒を見て欲しい、と言って
きた」
「なるほど……ま、仕方ないでしょうね。今回の対日輸出の件でも、彼
の協力があってこそ、裏工作が上手くいったわけですから。個人的なト
ラブルで彼も大変だが、今までの協力度を考慮すれば、知らんぷりを
するわけには」
「そうは言っても、正木をこのまま放っておくわけにもいくまい。マスコミ
の連中に勘付かれるとまずいから、時期をズラせてるだけだ。どうせ、
そう長くない生命だ」
「?……」
 相手の男は、ホフマン長官が言わんとする意味が、今ひとつ理解出
来ていなかった。
「ひとまずは、こちらで面倒を見ろと?」
「そんな悠長な事は言っておらんよ」
「は?」
「わからんのか。運が悪けりゃ、飛行機は落ちるってことさ」
 ホフマン長官はにやりと笑い、傍らのシガーケースから一本マルボロ
を抜き取った。彼は目の前の男に裏を説明していなかった事に気付き、
さりげなく少し話題を変えた。
「ところで議会の方の風当たりも、最近は特に強くなってきているようだ
が、それは知っているかね」
「ええ。予算削減を訴える声も、押さえ切れなくなりつつあると聞いてい
ます」
「ソ連という仇敵を失って以来、我々はその存在理由を問われ始めてい
るんだ。すでに我々の巨大なメカニズムは、軍同様に、敵なしでは絶対
に生き残れない。次なる敵を捏造してでも、生き残らねばならんのだ」
「それが孤立する悪の帝国、日本……ですか」
 相手の男は少し眉をひそめながら言った。
「そうさ……悪名高き経済大国、日本。これ以上の格好の標的が他にあ
るか。我々が生き残るためには、日本がソ連に代わる新しい敵である事
を、我が国の全国民一人一人の脳裏に、強烈に焼き付ける必要がある。
 FBIと財務省と我々が手を組めば、再び日本を完全な我が国の支配下
に置くことが可能だ。そうすれば、新世界秩序戦略を遂行するための優良
スポンサーとして、ジャパンマネーを湯水のごとく使う事が出来るようにな
る。金利政策、雇用率の低下、悪化する一方の経済状態……全ての我々
の不幸の元凶は日本だった、という一石二鳥の筋書きでな。政治家は以
前からすでに、我が国の思いのままだからな」
「しかし、そうそう簡単に永続的な日本支配が出来るとは思えません。た
しかにロッキードの時は、日本の政界を標的にして成功しました。証券ス
キャンダルの時は、大蔵省と財界中枢がターゲットでした。ですが、日本
の企業と財界人達には、この国に対する相変わらずの根強い反発があり
ます。日米通商産業連盟の連中が、その最たるものです。たとえ中東問
題に石油を絡めて日本を引きずり出す事に成功したとしても、はたしてい
つまで続くか…」
「そう。それに永続的な日本支配には、邪魔な存在があるからな」
「邪魔な存在?」

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2008年2月20日 (水)

RobbinⅠ-帝王の花嫁- エピローグ(4)

 一方の洋子は洋子で、何となくぼうっとしながら考えるとはなしに、か
つて自分を助けてくれたロビンという名の男の事を考えていた。
『ロビン、か。素敵なニックネームだわ。どんな人だったのかしら。ロビン
っていうくらいだからハーフなのかなあ。あの人の厚い胸に抱かれた時、
ふっと微かに煙草の匂いがしたような気がしたけど。私の危機を救って
くれてそれでいて恩着せがましく無くて……朴訥とした言い方だったけ
ど、低くって太い声でとっても男らしくて、頼り甲斐のある人みたいだっ
たな。出来るなら是非もう一度会ってみたい。どんな顔をしてるのかしら、
二枚目かしら。まさかいただけない顔じゃないでしょうね、だったら幻滅
だわ。ううん、まさかそんな事、絶対にある筈ないわ』
 実に勝手なもので、洋子は思い出を自分の都合の良いように、理想の
姿へとどんどん昇華させて行ってしまうのが得意な傾向にあるようである、
まるで自分がヒロインになったかのように。白鳥洋子、二十二才……ロビ
ンに恋し始めた女。
 すぐ近くでは津田が、不思議そうな顔をして、そんな洋子を見ていた。
『なにやってんだ、あいつ。にやにやしながらぼうっとして……ここんところ
の暑さのせいで、脳天気になっちまったのか』

 そのけだるい雰囲気を引き裂くように、突然電話のベルが大きく鳴り響
いた。思わず津田も洋子も、そして木島もビクッとした。しばらくの間お互
いに顔を見合わせていたが、やがて意を決したように洋子が受話器を取
った。
「はい、もしもし………」
 しばらくの間、洋子は無言であったが、やがて大きく息を吸い込んだ。
津田も木島も何事かとただただ様子を見守っていた。次の瞬間、洋子は
とんでもない事を、彼女にしては珍しく大声で、どなるように言った。
「馬鹿野郎!マスかくんなら、一人でおとなしくかいてろ!」
 そう言い放つと彼女は、勢いよく電話を切った。津田も木島もただただ呆
然として、顔を見合わせるだけだった。
「失礼しちゃうわ、昼間っから」
 洋子は真っ赤な顔をしていた。それを見て津田は堰を切ったように思わ
ず爆笑してしまった。木島も苦笑いをしている。洋子はいきなり御機嫌斜
めモードになった。
「こらあ、津田ァ。そんなに笑うんじゃなあーい!」
 洋子の罵声と一緒に、ステンレスのトレーが、津田の顔めがけてフリス
ビーのようにすごい勢いでスッ飛んで来た。
「おわっ!」
 椅子から落ちそうになりながら、必死に彼はよけた。津田宗弘、三十四
才……もう一つの名を『ロビン』。
 この二人が互いに必要な存在になるのは、まだまだ先の話のようであ
る。外ではそんなアルファの中の出来事などには一切お構い無く、知らん
顔をした一塵の風が、急ぎ足で静かに通り過ぎて行った。

 今年もまた、東京に夏が来る………

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2008年2月19日 (火)

RobbinⅠ-帝王の花嫁- エピローグ(3)

『それとも、俺の考え過ぎかも知れんが、ひょっとするとこの犯罪には
何か別の目的があったんだろうか…』
 だがそれらは、今の津田自身が関与すべき問題ではないのだ。推
理小説の世界と現実とは違う。刑事達がいつまでも過去の事件の細
部にかかわっていられないように、津田も現実の生活を第一に考えな
くてはいけない。それに彼には事件の細部までを完全に知る事は出
来ないし、知りえる立場にもない。捜査の進捗状況を本郷が津田につ
い漏らしてしまったのも、富田の存在が判って浮かれていた偶然があ
る。通常ではあれほどは喋ってくれない。
 捜査に協力した格好になった津田を、浅見所長がどう評価したのか
は判らないが、幸いにも津田は今も浅見探偵事務所勤めのままであ
る。もっとも給料は一割の減俸をくらっているが。今回の北海道行きに
しても、仕事のついでと言うのは、あながち嘘ではなかったのである。

 ふと唐突に、自分は戻って来たんだという実感が、彼の心に沸き上
がって来た。ゆっくりとアルファの中を見渡してみると、いつもと同じ見
慣れた光景がそこにはあった。ほとんど客のいない空間で、暇を持て
余している三組のテーブルと椅子達が窓際にあり、カウンターには洋
子がいる。カウンターの中ではちょうどマスターの木島が、津田が注
文したコーヒーを淹れ終わったところだった。別に何の変哲もないあり
ふれた平凡な光景だろうが、今の津田にとっては、これ以上有り難い
ものはないように感じられた。
 あまりにも殺伐とした世界にしばらく浸り過ぎていたように思えた。た
しかに昔の自分は、常に目だけをギラつかせた傭兵の一人に過ぎな
かったのかも知れなかった。人を殺すことや物を破壊することが常に付
帯して回る仕事というのは、その時には確かに充足感があるのかも知
れない。だが今になって振り返って見れば、ただそれだけの事であり、
今の自分にとっては、余りにもの哀しく思えてならなかった。いったんこ
うしてごく普通の生活に戻ってしまったが故に、それに再び慣れ親しん
だ今、再度引き戻されれば耐える事すら難しい。

「はい、お待ちどおさま」
 洋子がテーブルの上に、白いコーヒーカップに入った淹れ立てのコー
ヒーを置いた。コーヒーの芳しい香りがあたりに漂う。
「おっ、ありがと」
 ズッとちいさな音を立てて、そのままブラックで一口すすってみる。温
かさが口の中から身体の奥の方へ、徐々に広がっていく気がした。
『うまい……』
 津田は心底そう思った。日本は平和なのだと何故かその時、津田は
唐突に感じていた。ふと洋子の方を見ると、彼女もこちらを見ていた。
 二人の目線が合った。
 慌てて津田は視線をそらした。洋子の顔を正面切って見詰めるのが、
何となく照れ臭かったからだ。男と女は危険や苦難を共にすればするほ
ど、お互いに堅い意思で結ばれていく。ロビンと洋子の場合は、それは
ほんの僅かの間であった。しかしいつの間にか、彼女を愛しいと思う気
持ちが、ほんの僅かにせよ、心の片隅に芽生え始めているという事実
を、ロビンは自身で認めざるを得なかった。
 だからこそ余計に、彼女の大きくつぶらな瞳で見つめられると、何とな
く自分の気持ちまで見透かされてしまいそうな気がして照れ臭かった。
目の前にいる自分がロビンだと知ったら、彼女は一体どんな顔をするの
だろう、とふと津田は思った。

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2008年2月18日 (月)

RobbinⅠ-帝王の花嫁- エピローグ(2)

 だが全ては津田の想像でしかない。今さらそれらを確認するのは不
可能である。
『それに、どうやってゼブラはあの銃を手に入れたんだ』
 たしかに最近とみに増えている、拳銃密輸事件にしても氷山の一角
である以上、上手くすれば秘かに銃を手に入れる事が可能である。だ
が当然、密輸業者に接触する必要が出てくる。
『どうやって奴は、その業者を知るんだ』
 ウインチェスター二七0は、アメリカやフィリピンからの密輸拳銃、さら
には最近増えつつある中国製トカレフなどとはわけが違う。彼とてウイ
ンチェスター二七0が、ゼブラのブラック・ローズ時代の愛銃であった事
は知っている。銃にそれぞれ微妙な癖がある点を考えれば、あの銃は
ゼブラがブラック・ローズ時代に愛用していた銃、そのものであると思
われるのだ。
『それを奴個人が、どうやって持ち込めたと言うんだ。密輸業者にわざ
わざ依頼したとも思えない。銃を分解しても、銃芯やグリップはあれ以
上は小さくならん。色々な物の中に隠して、回数と時間をかければ、何
とかなるかも知れんが……受け取りが個人名だったら、何度も手を変
え品を変えて持ち込むと、税関に怪しまれる可能性が出てくる。密輸
業者に依頼すれば、それこそ足元を見られて、法外な値段を付けられ
るだろう。どちらにしてもそこまで手を掛けて、わざわざ日本に持ち込
む必要があったんだろうか』
 それも謎の一つだった。今回の犯罪で、ゼブラが佐々木を射殺したと
は言え、本来スナイパーが必要な場面はなかった筈なのだ。
『そもそもゼブラと富田は、どうして知り合ったんだ。ゼブラが黒幕だって
事は、奴が富田を誘い込んだと見ていいんだろうが……』

 富田がブラック・ローズの名前を出して自分に接触してきた事、そして
その後の事件の展開を考えれば、実際には富田はすでに、ブラック・ロ
ーズと縁が切れている可能性が高かった。それはゼブラについても同
様だと思えた。もし彼らのいずれかがブラック・ローズ部隊に所属して
いれば、現役の他のブラック・ローズ部隊が犯罪の影で暗躍していて
当然である。だがその影は全く感じられなかった。つまり二人共、ブラ
ック・ローズとはすでに縁が切れていると見て間違いなかった。そうな
るとゼブラが富田の所在をつかみ、彼の方から接触したと見るのが自
然である。
『だが余程のコネと調査網がなければ、富田の所在はつかめない』
 津田とて探偵の端くれである以上、名前しか判っていない男の所在を
つかむ事が、雲をつかむような途方もない調査である事は察しが付く。
『顔写真でもあれば別だが。それに第一、日本にいるかどうかすらも判
らないんじゃあなぁ』
 入国管理を管轄している外務省か、警視庁上層部にでもよほど強力
なコネでも無い限りは、富田が日本にいるかどうかも判らず、あまりに
も漠然とし過ぎている調査と言えた。
『最大の謎はあの身代金の行方だ……』
 奪われた百ドル紙幣のナンバーは全て控えられており、極秘裏に日本
全国の銀行に手配されている。海外についてもインターポールを介して
通達がされている筈であった。だが今現在までそれらが使用された噂は
聞かれていない。それに一介の個人が海外に持ち出すには、量的な点
からも目立ち過ぎるのだ。

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2008年2月17日 (日)

RobbinⅠ-帝王の花嫁- エピローグ(1)

「わあ、良かったァ。津田さん、生きてたのね!」
 久し振りにアルファのドアを開けた時、洋子の声が場違いなくらいに
明るく聞こえた。たしかにそれは本当の事なのだが、何故か津田には
照れ臭かった。
「ま、まあね……」
 思えば長く暗いトンネルの中をずっと迷走していて、やっと外に出ら
れたという感じだったから、余計に洋子の明るさがまぶしく感じられた
のかも知れない。津田は久し振りに奥のいつもの指定席に座り、そし
て大きく溜息を一つついた。そして相変わらずのいつもの調子で、にこ
やかに洋子に言った。
「洋ちゃん、コーヒーね」
「はーい」
 歯切れの良い返事が、即座に返ってきた。自分の求めているのは
この雰囲気なのだ、とあらためて津田は再認識した。このささやかで
ほんの束の間かも知れぬ、陽炎のような温かさを自分は欲している
のだ、と津田は思う。たしかにそれは、彼が自分の部屋でケニー・ラ
ンキンのテープを聞きながらぼうっとしていられる時と、何かしら共通
点を持っているようだった。
 いつもの癖で自然と椅子の上にあぐらをかき、ショート・ピースの蒼
い箱を出して、煙草を口にくわえる。ジッポのオイルライターで着火時
の微かなボッという音を聞きながら、揺らめく大きめの炎でくわえた煙
草に火をつける。そして大きく一息、まるで深呼吸するように煙草を吸
うと、天井向けて大きくそして長くゆっくりと、味を噛みしめ
るように煙草の煙を吐き出した。
『推理小説の世界のように、全てがクリアーになったわけじゃないもの
なあ……』

 結局、トリム事件は佐々木安孝と巽明代の死で一応の決着を見た
ものの、相変わらず身代金は行方不明のままである。公的には主犯
格とされる富田隆夫も、全国指名手配されたままで現在に至っている。
もちろん佐々木を射殺した犯人は、未だ特定出来ていない。
『結局あの事件は、一体何だったんだ』
 最近、津田の心の中には、その疑問ばかりが渦巻いている。複雑な
思惑が入り乱れた事件だったが、よくよく思い返してみると、腑に落ち
ない所が幾つかあるのだ。
『富田だって、馬鹿正直に全てを俺に教えるわけがない。結局のところ
八木光江が殺された場所は、トリムの一体何処だったんだ』
 津田は当初、黒田専務の部屋の中で、当然それが行なわれたと思っ
ていた。
『だが佐々木と巽明代がグルだった事を思えば、ゼブラと通じてたって
不思議じゃない。黒田専務は富田が接触してきたのは、八木光江が殺
された日の夜だと言ってた。という事は奴は、トリムの十二階のどこか
の部屋から電話した事になる。だがそれを黒田専務の部屋とは、安易
には断定出来ないしな』
 津田は今さらながら、自分が迂闊だった事に気付いた。かさね重ねの
ドジを踏んだ自分が情けないが現実はそんなものだし、それが普通の
人間である証拠であり、自然なのだ。刑事を職業にしているわけでもな
ければ、推理小説の登場人物のように、常に冷静さを失わない方が不
思議と言える。津田が佐々木に疑惑を抱いたのは、巽明代が行方不明
となった、事件からずっと後の事であった。当時は黒田専務の方に注意
を向け、全ての罪を彼一人に負わせる必要があった筈なのだ。それゆえ
富田が意図的に、佐々木常務との繋がりを隠していた事も考えられた。
『富田が八木光江と待ち合わせたのが黒田専務の部屋でも、奴が黒田
専務の部屋の窓から内部に侵入したとは限らない。俺は奴の傭兵とし
ての腕前から、ロープ伝いに斜めに黒田専務の部屋の窓へ向かったと
思ってたが。真下の佐々木常務の部屋から侵入する事だって可能だし、
そっちの方が容易だ。そうすれば佐々木常務の部屋の内側から、十二
階のフロアに出られる。その足で黒田専務の部屋に向かえば、あらかじ
め鍵は八木光江が外してくれてるわけだから、容易に黒田専務の部屋
に侵入出来るってことになる。
 最終的に佐々木常務の部屋の中で待機しているのなら、彼女が持っ
ていた黒田専務の部屋の鍵が役に立つわけだ。朝の出社時に秘書に
不審を抱かれないようにするためには、ドアの鍵さえかかっていればい
いわけだからな。ひょっとすると八木光江を犯した上に殺したのは、佐々
木常務の部屋だったのかも……。そう考えればあの時、佐々木が内装
を変えたと言っていたのは、あれは証拠を完全に消すためだったんじゃ
ないだろうか』

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2008年2月16日 (土)

作者の簡単レビュー 【その16】

 次からの最終章のサブタイトルは「エピローグ」です。ついにこの物語
も終わりを迎えますが、一番最後に、これまで語られなかったこの事件
の本当の背景が、少しだけ垣間見えます。

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RobbinⅠ-帝王の花嫁- 第十三章(5)

 どうするべきか、彼は一瞬迷った。その気になればロビンを射殺する
ことなど造作もなかったのだが、複数の人間が一斉にこちらに向かっ
てくる気配に、つい冷静な判断を誤ったのだ。警察の動きが気になり、
一刻も早くこの場から離れなくてはという思いが先に立ってしまった。
それゆえ自ら、みすみすロビンを射殺出来るタイミングを逃したのだ。
あとは一刻も早く現場から離れ、海外脱出をするだけだった。そして
今、彼はここにいる。
『俺はひょっとしたら、津田という男の中ですでに眠りについていた、
傭兵ロビンを再び目覚めさせてしまったのかも知れん。それまでのあ
いつの真面目な生活ぶりを見てると、傭兵時代の影は引きずってな
いように見えたからな。富田のように、いつまでも過去の栄光にすが
りついて未練たらしく生きているような、弱い男じゃなかったんだな、
あいつは。ふ、俺の見込んだ男だけのことはあるのかもな。
 だが、そのうちほとぼりが醒めた頃に、俺は再びこの日本に舞い戻
って来るだろう。その時、あいつとだけは戦いたく無いもんだな。多分
どちらかが死ぬことになるだろうし、よしんば生き残れた方もただでは
済むまい。そうならないことを祈りたいな。お互い、どうせ短い人生か
も知れんが長生きしたいもんさ……なあ、ロビンよ』

 巽良介は静かに目を閉じた。傭兵になりたてだった頃のロビンの姿
が脳裏に甦って来た。いつも自分に付いて来て、自分を実の兄以上
に慕ってくれて、屈託のない笑顔をすることが出来て、非情になりき
れない優しい心を持っていて、それでいて言うことだけは人一倍理屈
っぽくて、お人好しで、何処か憎めないところのある一人の男の姿を、
彼は懐かしく思い出していた。
『ロビン、多分お前は俺を嫌いになったろうなあ。悪いがもう今の俺は、
昔のお前の知ってる巽良介じゃなくなっちまったんだ。もうあの時の傭
兵ロビンの兄貴分だった、傭兵ゼブラには戻れないんだ。俺はブラッ
ク・ローズの裏の事情を、余りにも知り過ぎちまってる。時の流れは
人間を変えていくんだ。……すまんな』
 彼は自戒の念を込めて、そう思った。飛行機は相変わらず上昇を続
けている。
『ふ、湿っぽくなるなんて俺らしくないな』
 スチュワーデスが前の席の方から乗客におしぼりを配って来ている
のを尻目に、巽良介は目を閉じ、やがていつしか深い眠りに落ちて行
った。パリでの休暇後に、彼には新しい任務が待っているのだ。
『真犯人っていうのは、いつも意外なところに居るものさ……』

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2008年2月15日 (金)

RobbinⅠ-帝王の花嫁- 第十三章(4)

 しかし自分の存在を知っている明代と佐々木を、このまま放っておく
わけにはいかなかった。そこで北海道に飛ばされた佐々木を、巽良介
はずっと見張っていたのである。
『傭兵時代の訓練に比べれば、じっと隠れて生き抜くことなど、たやす
いことさ』
 彼は佐々木のマンションからさほど遠くない場所にあるビジネスホテ
ルで、そのマンションを見張れる位置にある部屋を借りて、ずっと見張
っていた。昼間は佐々木が乗用車で動くため、レンタカーを借りて尾行
に利用していた。ホテルの方には身分はフリーカメラマンだと言ってあ
ったが、それ以上は別に怪しまれる風もなかった。
 やがて出所した明代がやって来た。意外だったのは、佐々木が彼女
をあっさりと殺してしまったことだった。明代が佐々木の元へやって来
た次の日の夜、彼女は佐々木の車の中で永遠の眠りについていた。
佐々木の車が人里離れた山奥へ行くのを目撃した巽は、急いで後を
付けた。途中から佐々木の車が山の方に入るのを確認した彼は、手
前で車を降りると山肌を自力で登って行った。そのスピードは尋常で
はなかった。そしてそれが、巽良介が「ゼブラ」と呼ばれていた所以で
もあった。
 やがて彼は佐々木が地面に穴を掘り、明代の死体を埋める現場を目
撃した。流石にそれを見た時、彼の心の中に佐々木を近いうちに殺して
やろうという殺意が衝撃的に生まれたのだった。
『あれは一体、どうしてだったんだろう。明代が殺された時点でそのまま
手を引いていれば、何も問題なく済んだ筈なのに。今さら明代に未練が
有ったわけでも無かったろうに、わざわざこの手で佐々木を射殺しちまっ
た。結果的に自分で墓穴を掘ることを俺はしたことになる。
 警察の連中の目は胡麻化せても、佐々木が殺された時点で、少なく
ともロビンは俺の存在に気付いた筈だ。奴のことだ、多分俺の存在を知
った時点で、この事件の真相をある程度は悟ったろう。ふん、何やかや
言ってみたところで、俺はあいつには甘いのかもな……』

 案の定、ロビンは佐々木の所へやって来た。恐らく明代の身を案じて
だろうと思えたが、あっけなく彼も佐々木にしてやられてしまった。佐々
木がロビンを埋める場所は、明代を埋めた場所と同一のはずと見当が
付いたから、彼は先回りして待ち構えていた。やがて予想通り、佐々木
が到着すると、巽は愛用のウインチェスター二七0を持って接近した。
 この銃だけは彼自身と幾多の修羅場を共にくぐってきた、唯一の信頼
できる友だった。帰国の際にコネを利用して秘かに、念のためバラバラ
に分解して持ち込んだのだ。佐々木を射殺した後に、ロビンごと埋めて
しまえば証拠は何も残らず、これで本当に安心出来ると思った。
 しかし彼のもう一つの誤算は、警察が思いのほか早く動いたことだっ
た。もし彼が佐々木の車の後をのこのこと付けていたら、覆面パトカー
が動いていた筈だから、あるいは挙動不審者としてマークされ、職務質
問される羽目になっていたかも知れない。今思い出しても冷汗ものだっ
た。

 佐々木を射殺した後、傭兵時代の癖で、確認しについ近付いてしまっ
た。その時に初めてロビンがまだ死んでおらず、こちらの方をじっと見て
いることに気が付いたのだ。さすがに彼もこれはまずいと思った。そして
ロビンをも射殺しようと銃を構えた時に、パトカーのサイレンの音が不意
に間近で聞こえたのだ。

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2008年2月14日 (木)

RobbinⅠ-帝王の花嫁- 第十三章(3)

 富田の誘いをロビンは拒否したが、彼が情に脆いことを知っている巽
は、彼の周辺を探り始めた。その結果、一番適当な囮として目を付け
たのが、喫茶アルファのウエイトレス、白鳥洋子だった。彼女を誘拐し
協力しなければ彼女を殺すと言えば、ロビンが言うことを聞かないわけ
がなかった。
 だが巽は自分の存在が表面に出ることを拒んだ。万が一この計画が
上手く行かなかった時のことやその先を考えると、自分はあまり表面に
顔を出さない方が良いと判断したのだ。日本の警察の捜査能力を充分
に考慮する必要もあった。最終的には富田も明代も、自分の手で始末
するつもりだった。そうすれば巽良介の存在は絶対に判りはしない。

 トリムの脅迫は、彼の計画通りに運んだ。ロビンは体の良い囮の役を
上手く演じてくれたから、警察の目はロビンの方を向いていた。その隙
に身代金もうまく手に入れることが出来た。あとは然るべき処置の後、
出来るだけ早く日本を離れることを考えれば良かった。
 しかし彼の唯一の誤算は、てっきりブラジルに戻っているとばかり思っ
ていた鮫島省吾までもが現われたことだった。そしてシャークとロビンと
いう、予想もしなかったコンビが出来上がってしまったことだった。白鳥
洋子の救出に、ロビンがいつかやって来るだろうことは想像出来た。自
分とて、かつては彼と同じブラック・ローズ部隊で傭兵だった人間である。
ロビンの考えそうなことは想像がついた。上手く行けば自分の代わりに、
ロビンが富田を殺してくれる筈だった。しかし現実は、逆に富田が予定
外の登場人物、鮫島を殺した。
『富田はかつて自分が頭の上がらなかったシャークを殺せたことで、自
信過剰になっちまった。あれだけ油断は禁物だと言ってあったのに…。
だからロビンに逆に殺される羽目になった。昔のあいつなら考えられも
しなかったことだ』

 しかし捜査の手はそこまでだった。実行犯でない巽良介の存在は、
富田が殺された後は、明代が口を割らない限りは、絶対に知られる筈
もない。彼は安全圏にいたのだ。ひょっとして明代が口を割るのではな
いかとひやひやしたが、彼女は佐々木との自分の将来の方を優先し、
佐々木を守ろうと一心に罪を背負った。多分これはあくまで彼自身の
想像でしかないが、佐々木は自分のことを秘密にしたまま明代が一身
に罪を背負ってくれれば、晴れて出所した後は一緒に暮らそう、結婚し
ようと持ち出したのだろうと推測していた。
『明代の奴、思い込んだら一途な性格だったからなあ。まあ、あいつの
気持ちもわからんでもないが。頭の中に想い描くのは自由だが、現実
はそんなに甘いもんじゃ無いってことに、何故気付かないんだ。それと
も今度こそは、幸せになれるとでも思ってたとでも言うのか……』

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2008年2月13日 (水)

RobbinⅠ-帝王の花嫁- 第十三章(2)

 表面上、共通の目的を持った彼らが意気投合するのに、さほどの時
間は必要では無かった。富田は過去の華やかな生活を、何とかその
手に取り戻したかった。そのためにはかなりの額のまとまった金が必
要である。ちょうどその頃持ち上がったのが、明代にトリム電子産業の
会長、正木英嗣の愛人にならないかという話だった。打ち明けたのは、
明代の方からだった。彼女はこれを機会に巽良介と縁を切りたいと言
い出した。世界のトリムの会長の愛人スキャンダルともなれば、ゆする
ネタとしては最上であり、奇しくもそれは、まさにゼブラが狙っていたも
のだった。夫婦は危険な合意に達した。
 とりあえずとして、トリムの情報が必要だった。だが彼らにとって都合
の良かったことは、過去に妻と子供を亡くして以来、その後ずっと独り
身を通しているトリムの常務、佐々木安孝が、明代との折衝係になっ
たことだった。明代のつけ入る隙が有ると判断した巽は、彼女に佐々
木と関係しトリムの情報を仕入れるように指示した。そして同時に彼自
身も、佐々木を尾行し様子を伺っていた。
 ちょうどその頃、佐々木が自宅近くでチンピラに襲われるというハプニ
ングがあり、これを目撃した巽はさっそく明代に連絡した。彼女は偶然
そこを通りかかった風を装い、ごく自然な形で佐々木と親密になること
が出来た。そしてトリム内部の社長派と会長派の対立を聞き、何とか
これを利用できないものかと、巽と富田は機を伺っていた。

 やがて明代がセラヴィで、支配人の植松と黒田専務との八木光江に
関する電話を盗み聞きしたことから、巽はこれを利用してトリム脅迫の
実行を計画する。彼にとっては一石二鳥だったのだ。その頃と前後して、
佐々木と明代の二人が共謀して自分と富田を利用しようとしていること
を、すでに明代の様子や佐々木の行動から巽自身は敏感に感じ取って
いた。
 それならば逆に自分が彼らを上手く利用してやろう、と彼は秘かに考
え始めた。そのためには、どうしてももう一人、彼の意のままに動かせ
る人間が必要だった。富田だけでは不安があった。富田とていつ裏切
るか判ったものではない。その白羽の矢が立ったのがロビンだった。
 ロビンが東京にいることも、巽は帝国ヒューマンリサーチからの情報で
知っていた。だがそのロビンを偶然に発見したのは、富田の方だった。
彼が新宿の喫茶店で水野正美から金をせびろうと待っていた時、たまた
まその喫茶店へ入って来たのがロビンだったらしい。富田は女が入って
来るのを今か今かといらいらしながら見ていたから、いくら一年以上もの
時が経っていても、昔の仲間であったロビンを見間違える筈もなかった
のだ。すぐに彼だと判りあわてて顔を背けたが、ロビンの方は富田の存
在には全く気付いていなかったようであった。その後、富田自身が彼の
後をつけ、彼の勤務先と現住所を突き止めたのだ。一応まともに生活し
ているようだったので、とてもこちらの誘いには乗ってこないかも知れな
いと思ったが、案の定だった。

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2008年2月12日 (火)

RobbinⅠ-帝王の花嫁- 第十三章(1)

 その男を乗せた飛行機は離陸体制に入り、徐々に加速していた。
ガタガタという振動音と共にジェットの轟音が増し、シートに少しずつ
押しつけられていく感触が、その男には小気味良かった。右手に持
ったグラスから、シャンパンがこぼれ落ちそうなくらいだった。
『あばよ……』
 彼は心の中でそう呟いた。外には暗闇が、そして窓のすぐ外には
点々と青いランプが、猛スピードで流れ過ぎて行く。正面を向いてい
る彼の目に、やがて機体の前の方が大きく上の方に向いたように感
じられ、飛行機は無事離陸した。ここまで来れば後は、ノンストップ
で目的地のパリに到着するのを待つばかりである。やがてポーンと
いう軽い音が機内に響き、禁煙を示すランプが消えた。
 思わず彼は微笑みを浮かべ、胸ポケットに入っている日本で最後
に買った、マイルドセブンの箱を取り出した。流石に何となくホッとし
たせいだろうが、一服したくなったからである。
『ロビン、か』
 男は煙草の煙をくゆらせながら、遥か彼方を見るような目で、一人
想いに耽っていた。全ては偶然で左右されてしまったのだ、と言い
訳がましく思っていた。全てはあの富田隆夫に出会ったことから始
まってしまったのだと……。

 トリムの事件から遡ること一年前、彼は久し振りに日本に帰って来
た。今後のことも考えた末に、取り敢えずカバーを持っている方が自
然だと思い、何とか定職に就こうとした。だが腕利きの傭兵として活
躍している輝かしい実績と過去を持つ彼にとって、平和な日本での
現実の仕事はどれも魅力あるものではなかった。余りにも地味で退
屈過ぎて、とても我慢出来そうになかったのだ。また傭兵として稼い
だ手持ちの金もかなりの額にのぼっていたため、もともと強いて定職
に就く必要性も無かったから、余計であった。
 彼は決してブラック・ローズ部隊を除隊してはおらず、あるミッション
のために戻ってきたのだが、それは妻にも内緒だった。そして彼は自
ら、妻の明代の収入を当てにするヒモのような生活を自分のカバーに
設定したのである。金遣いが荒いままに彼は、妻の貯金にまで手を出
し始める。
 当然ながら生活が荒んで酒の量も増え、ついつい事情を知らない妻
と口論する毎日がやって来る。彼とて妻には本当の事を打ち明けよう
かとさんざん迷ったのだが、そうは出来ない事情が彼にもあった。毎日
を自堕落に過ごすことが苦痛で、時間の経つのが遅く感じられた。彼
女が自分に愛想をつかし始めたのが判っても、どうしようも無い。過去
の栄光にすがったまま、現実の挫折感に完膚無きまでに打ちのめされ
る男……いい加減に我慢の限界に近くなった頃、帝国ヒューマンリサ
ーチという所から待望の調査結果が届いた。
 ブラック・ローズ部隊を半年前に除隊して、日本に舞い戻っているは
ずの富田の消息が判明したのだ。彼は酔客を相手に金をたかるキャッ
チ・バーの用心棒で生計を立てており、新宿界隈を根城にしていた。
同棲相手の名前や住所も判明した。早速ゼブラは偶然を装い、富田に
接触することに成功したのである。

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2008年2月11日 (月)

作者の簡単レビュー 【その15】

 当時のメモを読むと、このRobbinⅠは400字詰め原稿用紙換算で約
510枚ほどあったようです。ワープロの行と文字数を変更して、一生懸
命に枚数を数えていたことを懐かしく思い出します。自身の感覚的に
は、もっとずっと多い(700枚強ぐらい)と思っていました。
 そしてその記録は、本作の続編にあたるRobbinⅡで塗り変えられる
ことになります。

 次からの第十三章のサブタイトルは「回想」です。これまでわからな
かった事件の背景が、ついに明らかになります。

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RobbinⅠ-帝王の花嫁- 第十ニ章(5)

「しかし良くまあ、あそこに駆け付けてくれましたね」
「お前のお陰で、とんだ迷惑だよ」
 村上警部補の後を引き継いで、本郷刑事が苦笑しながら言った。
「あの後、どうしたと思う。羽田と札幌間の最近の乗客名簿を全部ひっ
くり返して調べるわ、巽明代の電話の送信リストをNTTに行って調べ
るわ、佐々木の現住所と事務所の方の両方を見張ってて貰うように北
海道の方に依頼するわ、お前の特徴を知らせるわ、で大変だったんだ」
「で、どうだった」
「ああ、まず送信リストの方だが、これには巽明代が出所した日の午後
二時丁度に、佐々木の自宅宛てに電話した記録が残ってた。よくもま
あ、電話が止められてなかったもんだよ。自動振込になってなきゃあ、
とっくに止められてたんだろうがな。
 搭乗員名簿の方は、お前の言った通り『ササキ アキヨ』で確認出来
た。羽田空港のキャンセル待ちで発行されたものでな、巽明代の顔写
真で確認したが、受付の男性が覚えてた。えらくねばって、あちこちの
飛行機会社のキャンセル待ちで、カウンターを右往左往してたらしい。
 それと佐々木の事務所の近くには、覆面パトカーにあの日ずっと張り
込んでてもらってたんだ。夜の十時過ぎに、佐々木が人間らしい物を運
び出すのが確認出来てな、奴の車の後を付けたらしいんだ。途中から
脇道にそれたらしいが、その道が行き止まりの一本道だということを地
図で確認した時点で、無線で本庁の方に連絡が入った。その頃には俺
達は現地に到着してたから、そのままお前の埋葬予定場所に直行した
ってわけさ。で、お前と佐々木の方はどういう風だったんだ」
 津田はかいつまんでこれまでのいきさつを、こちらの方は正直にあり
のままを話した。
「しかし、そうなってくると、佐々木を殺した奴は一体誰なんだ」
 津田の話が終わった後で、村上警部補は呟きながら首を捻った。
「現場の状況から見ると、かなり銃の扱いに熟知していて、経験もある
人間のようだ。今からでも佐々木の口封じが必要な奴がいて、ヒットマ
ンを雇って佐々木を消したってことも考えられるんだが。金で雇われた
ヒットマンなどそう簡単には身元は割れんだろうし、そうなるとトリムの
事件はどう少なく見ても、もう一人、まだ我々の捜査線上に浮かんでな
いか見逃してる容疑者が誰かいるって可能性があるわけだな。くそっ、
忌ま忌ましい奴だ。もう一回、関係者全員の周辺の洗い直しをする必
要が出てきたな」
 津田は黙っていた。もう自分が口出ししても仕方がないし、迷宮入り
になるのは申し訳ないとは思ったが、それが一番いい方法だと思った。
どちらにしても巽良介がそう簡単に捕まるわけが無いのは事実である。
今頃はとっくに国外脱出した後だろうと、ぼんやり窓の外を見つめなが
ら津田はそう考えていた。
『迂闊だった。この商売をしてると、同姓の人間が出て来ても、別に関
係があるとは思わなくなってきてるからな。もっと早く気付くべきだった
んだ、巽明代と巽良介の関係を。そうすれば俺は、彼女が殺されるの
を止めることが出来たかもしれない。もっともその時は、俺の生命も無
かったろうが。ゼブラのカウンタースナイパーの腕前は、ブラック・ロー
ズの傭兵連中の中でもピカいちだったものなあ』
 結局、今回の事件で津田は、心の中に煌めく思い出の中から沢山の
大切なものを失ってしまった。一度失われたものは二度と帰らない。
『一番の被害者は、ひょっとしたら俺だったのかもなあ……』
 津田はしみじみとそう思った。やがて村上警部補を始めとする警察関
係者数名は、これ以上長居しても無駄だと思ったらしく、ある程度の事
情聴取を終えると、彼の病室からそそくさと引き上げていった。
「津田、そのうちまた協力してもらうかもしれん。その時は頼むぞ」
 本郷刑事が最後に彼の病室を出ながら、そう言った。
『誰が、これ以上……』
 心の中でそう叫びながらも、津田は弱々しく笑顔を見せ、軽く右手を上
げ彼らを見送った。

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2008年2月10日 (日)

RobbinⅠ-帝王の花嫁- 第十ニ章(4)

 長い夢を津田は見ていた。
 あちこちに火の手が上がり、ナパーム弾独特の鼻につく臭いが充満
している。地獄と化したジャングルの中で、彼はただ一人で逃げ回って
いた。周囲を敵に完全に包囲され、すでに味方は誰も居ない。自分を
狙って撃ってくる、乾いた連続する射撃音と、同時に起こる自分のすぐ
近くの地面や木々の被弾。巻き上がる土煙、何処をどう走っているの
か方向すらわからない不安感、そして孤独感。何よりもすぐその辺まで
迫って微笑みながら、手招きしている死神の恐怖……。
 やがて底なし沼に足を捕られ、脱出不能となり、もがき苦しんでいる
彼の前に、敵の一人が現われた。その男の顔を見上げた時、津田は
思わず「あっ」と叫んでいた。巽良介だった。彼は持っていた銃をゆっく
りと構えて、津田の頭部に照準を合わせた。そしてニヤリと笑うと、引
き金にかけた指を少しずつ引き始めた。
「やめろ、ゼブラ!やめてくれ!俺が何をしたって言うんだ!」

 そこでやっと津田は悪夢から開放された。恐る恐る目を開けると、ま
ぶしいくらいに一面真っ白な物と、その周りを取り囲む幾つかの丸い
物が見えた。やがてそれは病院の白い天井と自分を覗き込む人々の
顔だ、ということが彼にはわかった。
『俺は……助かったのか』
 夢遊病者のように呆然としながら、津田はそう思った。
「おい津田、気が付いたか。かなりうなされてたが、大丈夫か」
 脇から津田の顔を覗き込み、心配そうな顔で本郷刑事が言った。
「ああ……何とかな。ここは」
「お、意識もしっかりしてるみたいだな。ここがどこか、見てわからんか」
「病院以外の何かなのか。映画か何かのセットにしちゃあ、作りがしっ
かりしてるな。これで可愛い看護婦のねえちゃんでも居れば、文句は
無いんだが」
「ふ、相変わらず口の減らない奴だ。しかしお前って奴は本当に悪運
が強い奴だなァ。俺達があそこに行くのがもう少し遅れてたら、今頃
お前は、佐々木と巽明代と一緒に三人で仲良くあの世に行ってたろ
うに。もっともこれでお前にまで死なれちゃあ、元も子もないからな」
「本郷、言い過ぎだぞ」
 横から村上警部補が、本郷をたしなめるように言った。
「津田。いや、津田さん、大丈夫かね」
「何とかね。どうやらお礼を言わなくちゃいかんみたいですね」
 力なく笑いながら、津田は言った。
「全くだよ。我々は一体君に何度振り回されたことか。だがこれで本
当に終わりにしたいもんだね、お互いに」
「本当ですね。いい加減に解放して欲しいもんですよ」
「早速だが是非聞かせてもらいたいね。どうしてああなったのか、こと
の顛末を正直にね。今さら隠し事は困るよ」
「どこまでお役に立てるかは保証の限りじゃありませんが、私がわか
る範囲であれば」
「いいだろう。まず単刀直入に聞こう、佐々木を殺した奴はどんな奴だ
った」
「それが……」
「見なかったとでも言うのかね」
「残念ながらその通りです。正直言って、佐々木が私の上に覆い被さ
るように倒れて来た時は心臓発作でも起こしたのかと思ったくらいで、
一体何が何やらさっぱりわけがわかりませんでしたからね。今、村上
警部さんから佐々木が殺されたって聞いて、こっちもびっくりしましたよ。
 それに第一、正直言ってあの時、私はご存知のようにもう窒息死寸前
で、ほとんど意識朦朧としてましたからね。とても彼が殺されたのかどう
かを考えるような余裕は全く無かったですよ。よしんば佐々木が殺され
たことが判ったとしても、犯人が私に見える所までのこのこ顔を見せに
出て来てくれて、なおかつ具合の良いことに、月の光が彼の顔をはっき
り照らして見せてくれたんなら、話は別でしょうがね。彼がどうして殺され
たかこっちが聞きたいくらいだ。仲間割れか何かなんですか」
「犯人を見ていないって言うのは、嘘じゃないだろうな」
 村上警部補は疑い深い目つきで、津田をじっと凝視しながら言った。
津田も彼を見返しながら、絶対に目をそらさないように気をつけながら言
った。
「今さら私が嘘付いてどうなるんですか。正直に言ってることまで疑われ
ちゃ、話にも何もなりはしない。あなた方はいつもそうだ」
 しばらく二人のにらみ合いが続いたが、やがて村上警部補は諦めるよ
うに言った。
「どうやら本当に知らないみたいだな」
「当たり前でしょう」
 津田は内心ホッとした。別に巽良介をかばうつもりは毛頭ないが、結果
的にはそうなってしまった。巽良介のことを喋り彼らに理解し納得してもら
うためには、ブラック・ローズ時代にまで遡って説明しなくてはならない。
鮫島を始めとしたブラック・ローズの面々にはそれなりの恩義があったか
ら、彼らを売るようなことは津田としては絶対にしたくなかった。それに自
分の過去、即ち「傭兵ロビン」のことは、今後のことも考えると絶対に秘密
にしておく必要があった。
 そのためには巽良介の存在、少なくとも津田の過去との繋がりについて
は、絶対に伏せておくべきであると思った。それには一切知らぬ存ぜぬで
押し通した方が良い、と判断したのだ。今彼らに「傭兵」と言う、およそこの
日本では考えられぬ概念を理解して貰えるとは思えなかった。申し訳ない
とは思ったが、それがお互いのためだと津田は思う。

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2008年2月 9日 (土)

RobbinⅠ-帝王の花嫁- 第十ニ章(3)

 その時、彼は微かな近付く足音を聞いた気がした。足元の方に目を
やると、そこには男が一人、暗い闇の中に、左手に銃を持って立って
いた。
『ウインチェスター二七0!ブラックローズでカウンタースナイパー用と
してよく使ってた銃じゃないか。何でこんなのを持ってる奴がここに居
るんだ。誰なんだ、こいつは…』
 思わず津田は目を見張った。その男は迷彩色の服を着ているように
見えた。両腕とも肘の辺りまで腕まくりをしている。帽子を深く被ってお
り、なおかつ顔も黒く塗りたくっているので、暗がりであることもあり、津
田の位置からはその男の顔は判らなかった。その男はやがて、津田が
まだ生きており、自分の方をじっと見つめていることに気付いた。そして
ゆっくりと銃口を津田の顔の方に向け、照準で狙いを定めようとした。

 その時だった。複数のパトカーのサイレンの音が、すぐ間近で唐突に、
ビックリするほどに大きな音で聞こえた。津田にとってそれはまさしく地
獄に仏だった。思わず小さく溜息が出た。何とか人並みに葬式をして貰
えそうだ、と津田はとんでもないことを漠然と思った。彼らのすぐ近くで
車が急ブレーキをかけて停まり、ドアが開いて複数の人間が降り立つ
音が聞こえた。その男は構えかけていた銃を降ろし、その足音のした
方と津田の方とを交互に何度か見た。やがてその男は微かに、ボソッ
と呟くように言った。
「ふ、相変わらず運のいい奴だ」
 その男はそう言うと、ニヤリと笑ったように見えた。その時、津田は一
瞬差し込んだ月光の下に、その男の右腕に一本の長い大きな傷跡の
ようなものを見た。それを見付けた時、彼は思わず「あっ」と心の中で叫
んでいた。彼の脳裏に過去のある出来事が鮮烈に甦って来た。
『あんたは、ひょっとしたら…』
 そう言おうと思ったが、むせ返って言葉にならなかった。次の瞬間、そ
の男の姿は津田の視界から完全に消えていた。
『あんたが何故ここに。!……わかったぞ。そうか、そういうことだったの
か。なんでもっと早くそんな単純なことに気付かなかったんだ、俺は』
 何人かの人間が、津田のいる方に走って来ているようだった。複数の
懐中電灯の光で、その穴の真上のあたりの木々の枝や葉が明るく映し
出される。
「いたぞ、こっちだ」
 その声を聞いた時、津田は死と隣り合わせの絶望感と緊張感が急激
に薄れ、代わりに安堵感が心の中に広がっていくのが判った。
「津田、生きてるか。生きてたら返事しろ!」
 津田は薄れゆく意識の中で、自分の名前を呼ぶ、聞き慣れた本郷刑
事の声を遠くに聞いていた。

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2008年2月 8日 (金)

RobbinⅠ-帝王の花嫁- 第十二章(2)

『こ、これは……巽明代か』
 思わず津田はむせた。佐々木がそれを見ながら、押し殺した声で言
った。
「なあにもうすぐ楽になれるさ。一人じゃ淋しいだろうから、明代と一緒
にあの世へ行かせてやろうっていうんだ。感謝するんだな」
「佐々木!貴様」
 低く呻くような笑い声を発しながら、佐々木は津田の上にシャベルで
土をかけていく。時折照らす月光に、佐々木のメタルフレームの眼鏡が
きらりと不気味に光っている。もはや逃れる術は全く無かった。さすが
に津田は覚悟を決めた。だが生への執着はある。
 何度も顔の上にかかってくる砂利まじりの土にむせ返りながら、必死
になって顔を左右に振ってかかる土を払いのけ、身体をえび反りにした
りして、土に埋もれるのを防いだが、それももう限界に来ていた。何か
言葉を叫ぼうとするのだが、口を開くと土がすぐに入ってきて、その臭い
に思わず戻しそうになる。もがこうとしても首から下にはすでに土が多量
にかけられていて、身動き出来ない。顔半分はもう土の中に埋もれ、辛
うじて顔の左半分が外に出ているに過ぎない状態になっていた。
『俺はこんな所で、人知れず殺されて行くのか…』
 シャベルにいっぱいの土を盛って、佐々木が津田の顔の近くに立った。
「あばよ、お人好しの探偵さん。これで終わりだ」
 佐々木は津田の顔の真上にシャベルを持って来た。それだけの量の
土があれば、今の津田を窒息死させるには充分だった。津田は観念し
て目を閉じた。洋子の笑顔が脳裏に一瞬浮かんだような気がした。同時
に鋭い羽音に似た音が微かに聞こえ、間近で鈍い音がした。その後の
沈黙の時間が異様に長く感じられた。
 やがて微かな佐々木の呻き声と共に、土がドサドサッと津田の顔のす
ぐ横に落ちて来た。
『……?』
 それからすぐにドサッという音がして、身体が急に重くなった。何かが
自分の上に落ちて来たのだ。津田は恐る恐る、唯一あけられる左目を
開けて見た。自分の身体の上に、あろうことか佐々木が落ちて来たの
だった。彼はピクリとも動かない。
『な、何だ、一体何が起こったんだ。心臓麻痺でも起こしたのか?』
 どっちにしても逃げられないことに変わりは無い。逆にこれではこのま
まの状態で二つの死体に挟まれながら、飢えと寒さで衰弱死するのを
待つばかりで半殺しである。津田は途方にくれた。

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2008年2月 7日 (木)

RobbinⅠ-帝王の花嫁- 第十ニ章(1)

 それからどのくらいの時間が経ったのかは、津田には判らなかった。
ただ後頭部のズキズキする周期的な痛みと、身を切るような寒さで気
が付いた。身体を動かそうとするのだが、全く自由にならない。ザクッ、
ザクッという音がすぐ近くでする。
「う……」
 思わず呻き声をあげながら目を開けると、そこには佐々木が立ってい
た。
「気が付いたかい、津田さん」
 佐々木は地面を掘る手を止め、振り返って言った。津田は後ろ手に縛
られたまま地面に転がされていた。思わずあたりを見渡したが、山奥の
雑木林と言う感じで、もちろん彼にはここが何処だかさっぱりわからない。
唯一わかることは、大声で助けを呼んでも誰も来てくれない場所にいる、
という事実だった。
「着眼点は良かったんだがね、人のいいのが災いしたみたいだねえ。
明代のことはもう少し調べとくべきだったね」
 たしかに佐々木の言う通りだった。冷静に考えれば彼女が生きている
可能性は万に一つだったのだ。しかし津田は、ひょっとしたら彼女は自分
が佐々木の所へ早く行けば、まだ殺されずにいるかも知れない、と一縷
の希望を持っていたのだ。だからまさしく飛ぶように、取るものも取りあえ
ず、佐々木の所へやって来てしまった。ちょうど巽明代がそうであったよ
うに。自分に止められるかどうかは判らないが、これ以上無意味な殺人
は起こって欲しくなかった。
「あの女は魔物さ」
 佐々木は吐き捨てるように言った。
「共犯者の俺からも、最後には金を巻き上げようとしやがった。女の武器
って奴を最大限に利用してな。あの女は根っから好きなのさ、金とセック
スがな。明代が来た次の日、俺は家に忘れ物をしたんで取りに帰った。
びっくりさせてやろうと思って、電話もかけずにな。そうしたらどうだ、家中
ひっくり返して金を探してやがった。俺は思わずカッとなって、あいつを絞
め殺してやったのさ。直接この手で人を殺したのは初めてだったが、あの
柔らかい首に自分の指が深く食い込んでいく感触が、まだこの手に残って
る……」
「巽明代が行方不明になったって言う件は、俺を騙して油断させるための
口実だったってわけかい」
「そうさ。津田さん、あんたはまだ巽明代がこっちでどうなってるかは知っ
てるはず無かったからね。そこまで調べる時間はあんたには無かった筈
だ。俺を信用させて油断させるためには、少なくとも動機に関しては本当
のことを言う必要が有ったが。その流れで明代が行方不明だって話せば、
上手くすれば引っ掛かってくれると思ったのさ。案の上だったがな。その
ためには潔くあんたの前で、観念したように見せかけないとね。だからあ
れだけベラベラ喋ったのさ」
「一つ聞いていいかい」
「何だ」
「俺を殺した後は、どうするつもりなんだ」
「ふん、俺のことを気にする前に、自分のことを心配するんだな」
 そう言うと佐々木は不敵に笑いながら、地面に横たわっている津田の
身体を、先程まで掘っていた穴の方に足で転がしていった。
「あんたが会いたがってた巽明代の所へ、もうすぐ行かせてやるよ」
「うわっ……」
 津田はその穴の中に落とされた。堅い土の衝撃ではなく、何か芯の有
る柔らかい物の上に落ちたような、何とも言えないひんやりとした感触が
背中にあった。同時に津田の鼻に、むせかえるような土の匂いと凄まじ
い腐乱臭が飛び込んで来た。

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2008年2月 6日 (水)

作者の簡単レビュー 【その14】

 この作品は私自身にとって、ワープロを使用して初めて書き上げた大作
だったので、扉の内書き?にあたる部分を想定して、その時の自分の気
持ちを言葉にして残してありました。それは、
    『これまで出会えた全ての人々へ
            そして
     これから出会える全ての人々へ』
でした。我ながら、よっぽど嬉しかったのだろうと思います。

 次からの第12章のサブタイトルは「現われた男」です。物語も終盤のクラ
イマックスをついに迎えます。当初予定だと第十一章がやたら長くなるの
でいったん区切って、第十二章として掲載を始めたのですが、物語の流れ
的に明らかにおかしかったので、一度修正をかけて再掲載しています。
(現在のWEB掲載の章の括りが正しいです)
 掲載後すぐにご覧いただいた方々は、再訪問時にあれっ?と思われた
と思います。ここにお詫びいたします。

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RobbinⅠ-帝王の花嫁- 第十一章(11)

「果たして納得していただけるかどうかはわかりませんが、私はただ
正直に話すだけです。貴方が信じてくれるかどうかは別として。今さ
らここまで話したんだ、隠し立てしたって始まらんでしょう。聞いて貰
えますか」
 津田は黙って頷いた。
「彼女はたしかに貴方の推測通り、出所してすぐにここへ飛んで来ま
した。私は狂喜した。これから二人で一緒に生きて行こうと約束した
んです。彼女はその時、私のこのライターを私に返したんです。これ
からはこのライターが無くても、貴方は私に愛着を持ってくれる、だか
らもう私にはこのライターは要らなくなった、必要な時はいつでも借り
られるから、と言ってね。
 その次の日、彼女は買い物に行って来ると私に言い残して出かけ
ました。それが彼女を見た最後になってしまったんです。夜になって
も一向に帰ってこないので、私は心配になって必死にあちこち捜し回
りました。しかし…」
「下手すれば二人の関係がばれる可能性もあるから、警察に捜索願
いを出せるわけもないですしね。何故、私に嘘をついたんですか」
「もちろん彼女と私が共犯だと、絶対に誰にも知られたくなかったから
です。その可能性を示唆する事実は、絶対に伏せておきたかった、今
後のためにも。共犯だということがわかれば、先程の貴方のような推
理が警察の中にも生まれて来るだろうから、それが怖かった。それさ
えなければ私のカバーがスッ飛ぶようなことはない筈だ」
『………』
 津田は何となく今の佐々木の言葉に引っ掛かるものを感じた。だが
それが何であるかは、即座には判断出来なかった。
「津田さん、ご一緒します」
「え?」
「そこまで知られてしまっていては、もう観念するしかないでしょう。今
さら悪あがきなんかしやしませんよ。これでも知能犯の端くれのつもり
ですからね。行きましょうか」
 悲しそうな笑みを浮かべて佐々木は言った。津田も促されて立ち上
がった。
「すみませんが先に出ていて下さい。電気を消して戸締まりしてから出
ますから……」
「わかりました、じゃあ外で待ってましょう」
 津田は裏の勝手口の方に向かって二、三歩歩きかけて、先程の佐々
木の言葉で、自分の中に引っ掛かるものが何であったかが判った。
『カバー、だ』
「そうだ、佐々木さ…」
 佐々木の方を振り向きながら、彼は何故佐々木がカバーという、一般
に余り馴染みの無い言葉、そしてブラック・ローズの傭兵仲間でよく使っ
た言葉を使ったのかを聞こうとした。しかし、その彼の目に飛び込んで来
たのは、悪鬼のような形相の佐々木の顔と、彼が何かを自分に振り降ろ
そうとしている姿だった。
 避ける間もなく、次の瞬間には、彼の頭部を衝撃と共に激痛が襲い、
思わず津田はその場に倒れた。意識が遠退いていく中で、彼は頭の中
に鮫島の声を聞いていた。
『お前は素直なんだよ、素直すぎるんだ……』

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2008年2月 5日 (火)

RobbinⅠ-帝王の花嫁- 第十一章(10)

 津田は何ともやりきれなかった。言葉に出して答えようも無く、ただ黙
って煙草を吸い続けることしか出来なかった。どのくらい沈黙の時間が
続いただろう、佐々木は再び話し始めた。
「たしかに逆に考えれば、放射能汚染地帯に赴任したからそう言う結果
になったのかどうかも、証明出来ないだろうさ。だがどう冷静に考えてみ
ても、それしか原因は思い浮かばないんだ。当時は私達の周りでも現
地の人間が結構、白血病や肉腫や甲状腺ガンとかで苦しんでたのは
事実だからね。だがそんなことなど、報道管制もあったんだろうが現地
の新聞やマスコミにすら、一行たりとも取り上げられなかった。皆が知
っていると言うのにね。
 おかしいと思うだろう。だがこれが現実なんだよ、世の中なんてそんな
もんさ。もちろん特定の個人に対して恨みがあったわけじゃない。突き詰
めていけば、世の中の安易に目の前の大金に目がくらんで原発を推進
してる奴らが悪いのさ。だがそこまで話が大きくなってしまうと、私個人
ではどうしようもない。だから私や私の家族に対してその片棒を担いだ
格好になってるトリム電子産業という会社に復讐したかったのさ、私の
生命の有る限りね。
 だからこんな辺鄙な所に左遷されても、辞めようとは思わなかった。幸
いなことに誰も私が懐に刀を忍ばせていることには気付いていない。あ
なたも先程言ったように、私の社内の評判は悪い方じゃない。社員は皆、
私に同情的だ。トリム電子産業の社員である限り、いつかまた本社に帰
れる機会も訪れるだろうと思ってるのさ。まだ私の復讐は終わったわけじ
ゃ無い、これからも続いていくんだ。最後まで望みは捨てないよ」
「佐々木さん、話は最初に戻りますが、巽明代は……」
「それが、本当に……。貴方はその点だけは誤解なさってるようだ、津田
さん。彼女は本当に行方不明になってしまったんです。もちろん貴方の言
いたいことは判ってる。私が彼女にあげたライターをこうして持っていると
いうのは、一体どういうことなのか、と言いたいんでしょう。でもどうしてこ
のライターが、私が彼女にあげた物だと知ってたんですか」
「こう見えても、私には色々と知り合いがありましてね。まあ正直言えば
偶然でしたが、彼女が収監された刑務所の所長をたまたま知ってまして
ね。貴方が犯人ではと思い始めた頃に、まさかと思いながら、彼女の持
ち物について何気なしに尋ねたことがあるんです。
 そうしたら傷だらけのこのライターのことが判ったんです。彼女の商売柄
から考えても、そういう物は似合いませんからね。大切にしている物のよ
うで、入所する時に持ち物検査があるんですが、その時たまたま検査の
人間がこれを床に落としたらしいんです。彼女はえらい剣幕で文句を言っ
たそうでしてね、それを所長が覚えてたんですよ。
 そこまで愛着をもって肌身離さず持ってるって言うことは、ひょっとしたら
誰か大事な人から貰った物じゃないか、と考えたんです。現物を見せても
らった時に、念の為に何枚か写真を取っておいたんですよ。傷の様子とか
も判るように、色んな角度からね。さっきライターを見てこれが同一の物だ
と気付いた時は、我ながらドキッとしましたよ。まあ、このライターを見るの
は、私はこれが三度目になりますけどね…。
 私の手の内を明かすと、ざっとこんなとこですかね。さて巽明代がどうな
ったのか、納得いく説明を聞かせてもらいたいですね」

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2008年2月 4日 (月)

RobbinⅠ-帝王の花嫁- 第十一章(9)

「え?ええ…」
 突拍子もない予想もしていなかった言葉が、いきなり佐々木の口をつい
て出てきたので、津田は面食らい、曖昧な返事をせざるを得なかった。
「順を追って話そう。私はね、かつてトリム電子産業の業務命令で、放射
能汚染地帯に赴任させられたことのある人間なんだよ。ちょうどその頃、
私の妻は妊娠していた。正直言って私は迷った。公式な政府の見解とや
らによれば、安全宣言が出されていたし、充分な調査もした結果、何ら問
題は無いと言うことだった。日本国政府としての見解がそうである以上、
所詮は一企業の立場としては、それ以上は文句も付けようが無いだろう。
それに当時は皆が皆、私のように放射能に対して神経質になっているわ
けではなかったからね。
 当時は今ほどは、反原発とか脱原発とかいう運動は盛んじゃ無かった。
原発事故があっても、所詮は対岸の火事のように受け止められて来た。
人間っていうのは勝手なもので、自分だけは絶対に大丈夫だと思ってる
ようだがね。ま、話を戻そう。赴任期間は三年間だった。私と妻は毎夜の
ように協議した。選択の余地は三つあった。第一番目は私と妻の二人揃
って赴任すること。第二番目は私だけが単身赴任して、妻はやがて生ま
れて来る子供と二人で、日本で私の帰りを待つこと。第三番目は二人とも
行かない、即ち私が会社を辞めることだった。津田さん、あなたならどれを
選ぶ」
「難しいですね。たしか放射能っていうのは、幼い子供ほど影響を受け易
いんでしたよね。何かの本で読んだ記憶があるんですが」
「そう。放射能の一番恐ろしいのは体内濃縮してしまうってことだよ。私は
私の次の世代に責任の取れないようなことだけは絶対にしたくなかった。
私は無責任な親にだけは絶対になりたく無かったんだ。神経質過ぎると
言われるかも知れない。私だってそんなことを知らなければそんな風には
悩まなかったろう。その方がどれだけ良かったか。
 もちろんこの世界中で安全な所なんて無い。多かれ少なかれ皆、放射能
汚染された食料を食べて生きなければならないのが現実だからね。だが影
響が少ないに越したことはない。だから私の妻は絶対に赴任してはならな
かった。あとは私がどうするかで決まった。最善の方法は私も行かないこと
だ。つまり会社を辞めるってことさ。だがね、私は会社を辞めるわけにはい
かなかった。妻とやがて生まれて来る子供を路頭に迷わせるわけにはいか
ない。わかるだろう、津田さん、私の気持ちが。私には妻と子を養う責任が
あるんだ。だから私の結論は」
「単身赴任だった」
「そう。妻や子供と三年もの長い間別れて暮らすのは、悲しいし淋しいこと
だ。だが個人の感情を犠牲にしても、守らねばならぬものがあると信じてい
た。妻もきっとわかってくれると思っていた。だが結果は違ったんだ。妻は
一緒に行くと言い張って聞かなかった。私がどんなに説得しても無駄だった。
挙げ句の果てには、単身で行くのは私の勝手だが、自分も後から行くと言
い始める始末だった。そうなると、もう感情論になってしまって、とても話し合
いどころじゃなかった。結局は私の方が折れたんだが。
 すまない、余計な話だったな、先を急ごうか……。無事に三年間の赴任期
間を終えて帰国したんだが、その頃から妻が病気がちになり始めた。当初は
三年間の赴任の疲れが出たんだろう程度に軽く考えていたんだが、どうもお
かしいというんで総合病院に入院させて看てもらったんだ。白血病だった。
息子は甲状腺障害を持って生まれてきていた。そして、この私もね。癌なん
だよ。あと何年生きられるか」

 作り話にしてはあまりにもリアリティと説得力があり過ぎていた。いつしか
佐々木の目には涙が今にも溢れそうなくらいにたまっている。
「わかるかね、津田さん。これは合法的な殺人と同じことだよ!放射能汚染
された食料を食べ続けたからそんな状態になったとしても、放射能との因果
関係なんて絶対に証明できるわけがないんだ。誰もそうなった時には生命の
保証をしてくれないんだよ。
 私に一体何が出来たと思う。衰弱して苦しんで、自分の目の前で前後して
息を引き取る最愛の二人を、ただじっと手を握りしめて見守ることしか出来な
かったんだ、私は……。そしてその時、私は決意したんだ。たとえ一生かか
っても妻と子供の復讐は出来ないかも知れない、だがいつの日か必ず、トリ
ムに一矢報いてやる……と」
「しかし、だからと言って、トリムを恨むのは筋違いでしょう」
「確かに。冷静に考えればトリムには責任は無かったのかもしれん。だがね
津田さん、そうは言うが、じゃあ一体誰がこの責任を取ってくれると言うんだ。
国か?世界中で放射能汚染されている国は無いと無責任に言い切る日本
政府なのか?私は一体誰にこの怒りや悲しみをぶつければ良かったんだ。
黙々と地道に反原発運動をしていた方が良かったなんて、優等生ぶった答
えは聞きたくもないな。私は実際に最愛の妻と子供を殺されてるんだからね」

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2008年2月 3日 (日)

RobbinⅠ-帝王の花嫁- 第十一章(8)

「推理小説で言うところの、大どんでん返しってわけかい、津田さん」
「まあ、そう言うことですな」
「ははは。どうやら貴方には誇大妄想の気があるようだ。今さらそんなこと
を貴方が警察に言ってみたところで、一体誰が信用すると思うんですか。
ただの絵空事にしか過ぎないじゃないですか」
「それが、残念ながら証拠が見つかっちまったもんでね」
「何ですって、証拠とおっしゃいましたね、今。ほほう、いったいどんな証拠
なんですか。今の貴方の推理でいくと、私が巽明代を殺したという馬鹿馬
鹿しい結論になるようだが、その証拠が見つかったとでも言うんですか。
面白い、是非とも見せてもらおうじゃないですか。だがもし嘘だったらただ
じゃ済みませんよ。名誉毀損で訴えますが覚悟はいいですね、津田さん」
「結構ですな。じゃあ佐々木さん、でもその証拠がもし本当なら、貴方の知
ってることを全部洗いざらい白状してもらいますよ」
「今さら、また同じことの繰り返しになっても良いのなら、どうぞ。貴方はあ
くまでも私を真犯人に仕立て上げたいみたいだから」
「証拠は、これですよ」
 津田はテーブルの上に、コトリと小さな音をさせて、先程から手で玩んで
いた佐々木のライターを置いた。
「これが証拠?ふふ、何を言うのかと思えば。津田さん、これは私のライタ
ーですよ。もう二十年くらいずっと愛用し続けてきてる物だ。ほらご覧なさい、
あちこち落としたりして傷だらけになってる。こんな物が一体、何の証拠だ
と言うんですか。自分の持ち物を自分が持ってることの、どこがおかしいと
言うんです」
「よおく考えてご覧なさい、佐々木さん」
「何だって」
「愛着のあるライターだというのはわかるが、ちょっと執着し過ぎでしたね。
思い切りよく巽明代と共に捨て去るべきだった。私はちょっとしたジッポフリ
ークなんで知ってるんだが、これは六十七年製です。そしてこの年の八月
からパテントナンバーの刻印がなくなったから、これは八月以前の物です。
これと同じ物で同じ傷が入ってる、銀無垢で模様が入っているやつを、どう
して収鑑された巽明代が持ってたんでしょうね。偶然ですか?何だったら
指紋鑑定を依頼しましょうか。内部にオイル注油する時に中をいったん取
るから、そこには巽明代の指紋がべったりついてるはずですよ」
 しばらくの間二人とも無言のままで、佐々木はじっと机の上に置かれた、
傷だらけのスターリングシルバーのジッポのライターを見つめていた。
「そうか、そういうことか。知っていたのか」
 やがてつぶやくように佐々木はそう言った。
「見事だ、津田さん……さすがだよ。そんな手が残っていたとはな」
「動機は一体何なんです、佐々木さん。私には貴方がここまでリスクを負っ
てまで、トリム電子産業を追い落とさねばならない理由が判らないんだ。
全てのことは貴方が今回の事件の真犯人だと仮定し、巽明代とそして全
国指名手配中の富田隆夫と共謀して、結果的に黒田専務に全ての罪を
被せた、とすれば納得出来るんですがね。ただ、納得できる貴方の動機っ
て奴が見つけられないんですよ」
 しばらくの沈黙の後、ややあって佐々木が口を開いた。
「放射能……知ってるよね」

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2008年2月 2日 (土)

RobbinⅠ-帝王の花嫁- 第十一章(7)

「なるほど。確かにそういう見方も出来ますな」
 少し冷静になった佐々木が、そう応えた。
「例えば、近々桑田社長が会長に勇退勧告をするつもりであったこともそ
うですね。黒田専務がこの情報を知ったことで、自分の今の立場が足元
から崩されるという危機感を持ち、何とかしなくてはと思ったのも当然のこ
とだと言えるでしょう。彼は会長に引き立てられると同時に会長に取り入
ることによって、今の専務という地位まで昇りつめてきた人間でしたよね。
何とか手を打たないと、会長が引退などということになってしまえば、その
会長派の先頭に立っていた自分の更迭は時間の問題で、火を見るより明
らかですからねえ。ましてや会長の愛人の一人に手を出してたわけだし。
 誰だって苦労して得た今の地位を、そう簡単には捨てたくはないでしょう。
ましてや世界のトリム電子産業株式会社本社の専務という地位は、そうそ
う望んでも二度と手に入るようなものじゃ無し。石にかじり付いても今の社
会的地位を守りたい、と思うのが普通だし当然でしょうね。もっとも貴方は
あっさりと捨てられたが」
「………」
「それに、会長が桑田社長に公私