『それとも、俺の考え過ぎかも知れんが、ひょっとするとこの犯罪には
何か別の目的があったんだろうか…』
だがそれらは、今の津田自身が関与すべき問題ではないのだ。推
理小説の世界と現実とは違う。刑事達がいつまでも過去の事件の細
部にかかわっていられないように、津田も現実の生活を第一に考えな
くてはいけない。それに彼には事件の細部までを完全に知る事は出
来ないし、知りえる立場にもない。捜査の進捗状況を本郷が津田につ
い漏らしてしまったのも、富田の存在が判って浮かれていた偶然があ
る。通常ではあれほどは喋ってくれない。
捜査に協力した格好になった津田を、浅見所長がどう評価したのか
は判らないが、幸いにも津田は今も浅見探偵事務所勤めのままであ
る。もっとも給料は一割の減俸をくらっているが。今回の北海道行きに
しても、仕事のついでと言うのは、あながち嘘ではなかったのである。
ふと唐突に、自分は戻って来たんだという実感が、彼の心に沸き上
がって来た。ゆっくりとアルファの中を見渡してみると、いつもと同じ見
慣れた光景がそこにはあった。ほとんど客のいない空間で、暇を持て
余している三組のテーブルと椅子達が窓際にあり、カウンターには洋
子がいる。カウンターの中ではちょうどマスターの木島が、津田が注
文したコーヒーを淹れ終わったところだった。別に何の変哲もないあり
ふれた平凡な光景だろうが、今の津田にとっては、これ以上有り難い
ものはないように感じられた。
あまりにも殺伐とした世界にしばらく浸り過ぎていたように思えた。た
しかに昔の自分は、常に目だけをギラつかせた傭兵の一人に過ぎな
かったのかも知れなかった。人を殺すことや物を破壊することが常に付
帯して回る仕事というのは、その時には確かに充足感があるのかも知
れない。だが今になって振り返って見れば、ただそれだけの事であり、
今の自分にとっては、余りにもの哀しく思えてならなかった。いったんこ
うしてごく普通の生活に戻ってしまったが故に、それに再び慣れ親しん
だ今、再度引き戻されれば耐える事すら難しい。
「はい、お待ちどおさま」
洋子がテーブルの上に、白いコーヒーカップに入った淹れ立てのコー
ヒーを置いた。コーヒーの芳しい香りがあたりに漂う。
「おっ、ありがと」
ズッとちいさな音を立てて、そのままブラックで一口すすってみる。温
かさが口の中から身体の奥の方へ、徐々に広がっていく気がした。
『うまい……』
津田は心底そう思った。日本は平和なのだと何故かその時、津田は
唐突に感じていた。ふと洋子の方を見ると、彼女もこちらを見ていた。
二人の目線が合った。
慌てて津田は視線をそらした。洋子の顔を正面切って見詰めるのが、
何となく照れ臭かったからだ。男と女は危険や苦難を共にすればするほ
ど、お互いに堅い意思で結ばれていく。ロビンと洋子の場合は、それは
ほんの僅かの間であった。しかしいつの間にか、彼女を愛しいと思う気
持ちが、ほんの僅かにせよ、心の片隅に芽生え始めているという事実
を、ロビンは自身で認めざるを得なかった。
だからこそ余計に、彼女の大きくつぶらな瞳で見つめられると、何とな
く自分の気持ちまで見透かされてしまいそうな気がして照れ臭かった。
目の前にいる自分がロビンだと知ったら、彼女は一体どんな顔をするの
だろう、とふと津田は思った。
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