RobbinⅠ-帝王の花嫁- 第八章(3)
やがてシャークは、目の前のマンションを目を細めて見上げながら、
ぽつりと言った。
「……なあ、ロビン。これが終わったらブラジルへでも行って、畑でも耕
しながら一緒に暮らさないか」
「え?」
「俺も歳をとり過ぎたよ、厚かましいお願いだってことは判ってるんだが。
それにお前に会わせたい奴もいるし」
鮫島省吾は誰に話すともなく、少し照れながらも、言葉を選びながら話
を続けた。
「出来れば、お前達に俺の最期を見取って欲しいんだ。いつも俺はお前
に、死んじまったガキの面影をダブらせながら生きてきた。もちろん俺の
ガキが生きてたとしても、こんな老いぼれの頼みを聞いてくれるかどうか
はわからんがな。それに俺ももう若くはない。傭兵稼業は、俺が自分の
一生を賭けても悔いのない最適の仕事だとは俺自身思ってないし、それ
ほどの飛び抜けた技量があるわけでないことも、自分自身が一番良く知
ってる。
不思議なもんでな、こうして誰一人身寄りのないまま年寄りになってい
くってのは、途方もなく淋しいもんなんだ。心の支えっていうか、張り合い
っていうのか、そういうものが何一つないからな。家庭の持つ暖かさって
いう、若い頃はただうっとおしいだけに思えてたものが、歳をとるごとにこ
う、何て言うか……とっても素晴らしいものに見えてくるんだ。人間ってい
う奴は歳を重ねていくにつれて、過去にすがるようになるって言うが、一
度失くしてしまったものだからこそ、余計にそう思えるのかもしれんがな。
この歳になって初めて、家庭で一緒に夕食をとりながら談笑することの大
切さっていうか、何物にも代えがたい貴重さを、ひしひしと感じるようにな
っちまったよ。
もっとも世間一般の、それが当たり前だと思ってる連中にとっては当然
のことだろうし、別にそのことを何とも思わんだろうがな。家の中に灯って
る灯りが、あんなにも暖かく素晴らしいものだったとは、正直言って今ま
で気付かなかったよ。俺も若い頃はこの傭兵の仕事で、世の中のいつも
虐げられてる貧乏人を救えるんじゃないか、と思ってた時期があってな。
ま、結局は幾らそう思ってみたところで、こればっかりは世の中の仕組み
で、とても俺には変えられるような代物じゃなかったがな。
切ないとは思わんか。自分達には何のもてなしも出来ない奴が、精一
杯のもてなしとして出来るのは、せいぜい女を世話することくらいだ。それ
が自分の娘や女房なんだぞ。哀しすぎるよ。俺は今まで、そんな光景を
見過ぎて来たのかもなあ……。死に場所を求めてた人間が結局こうして
生き残っちまってる。運命ってのは皮肉なもんさ。なあロビン、そうは思わ
んか」
鮫島は正面のマンションの上の方を凝視したまま、淡々と喋っていた。
しかしその頬は幾筋もの涙で、暗闇の中でもそれと判るくらいに濡れて光
っていた。ロビンとて、とても鮫島の顔を正視出来なかった。咽の奥が締
め付けられるようで、一言でも発すれば泣き出してしまいそうなくらいに切
なかった。低く唸るように聞こえる風の音も、空の泣き声のようだった。しば
らくしてから、やっとロビンは言った。
「シャーク、この片が付いたら、お供させてください」
「ロビン……」
二人の傭兵は、しばらく互いに見つめ合ったままだった。
雨も風も一層強さを増してきた。時刻はやがて午前三時になろうとしてい
る。そろそろコブラが巽明代の部屋のベランダから屋上に登ってくる頃だ。
「じゃ、いいかロビン、打ち合わせ通りにな」
「はい。でも私だけが洋子を連れて脱出しても、その後、シャークはどうする
んですか」
「心配するな。お前のアパートで落ち合おう」
そう笑顔で言うとシャークは、時計に目を落として言った。
「行くぞ、ロビン。時間だ」
「はい!」
「これが本当のラスト・オペレーションだ。有終の美を飾ろうぜ」
シャークはロビンの方を振り向いて、親指を力強く立て、笑顔を見せなが
ら言った。その笑顔は、これまで鬱積していたものを一気に吐き出したせい
なのかも知れないが、この上もなく美しく輝いている男の顔にロビンには見
えた。
二人の元傭兵は暗闇に乗じて、そのマンションの裏の駐車場にある非常
階段に近付いた。ロビンは肩にロープを担いでいる。張り込みの刑事の姿
が見えないことは、すでに確認済みだった。二人は物音を立てないように
屋上まで非常階段を登り、屋上にあるエレベーターの機械室の脇に位置し
た。ロビンが肩からロープを下ろすと、屋上の鉄柵に端を縛り付け、一方シ
ャークはその間、辺りに注意を集中する。そして二人は息を潜ませ、コブラ
の到着を待った。彼には聞き出したいことが山ほどあるのだ。もちろん洋子
救出が最優先するのだが、出来ることなら、同時にコブラを捕獲したかった。
そのために今日を選んだのだ。彼が屋上に上がって来た時がそのチャンス
である。ここは警察の治安がしっかりしている国、日本なのだ。巽明代の部
屋に踏み込むなどという、馬鹿げた行為は迂闊には出来ない。
やがてシャークが緊張するのがロビンに判った。屋上の片隅に人の手ら
しき物が現われ、次に彼らにとって忘れようとしても忘れられない顔が現わ
れた。彼は片手にパンらしき物の入ったビニール袋を持ってよじ登って来た。

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