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2007年12月31日 (月)

RobbinⅠ-帝王の花嫁- 第八章(3)

 やがてシャークは、目の前のマンションを目を細めて見上げながら、
ぽつりと言った。
「……なあ、ロビン。これが終わったらブラジルへでも行って、畑でも耕
しながら一緒に暮らさないか」
「え?」
「俺も歳をとり過ぎたよ、厚かましいお願いだってことは判ってるんだが。
それにお前に会わせたい奴もいるし」
 鮫島省吾は誰に話すともなく、少し照れながらも、言葉を選びながら話
を続けた。
「出来れば、お前達に俺の最期を見取って欲しいんだ。いつも俺はお前
に、死んじまったガキの面影をダブらせながら生きてきた。もちろん俺の
ガキが生きてたとしても、こんな老いぼれの頼みを聞いてくれるかどうか
はわからんがな。それに俺ももう若くはない。傭兵稼業は、俺が自分の
一生を賭けても悔いのない最適の仕事だとは俺自身思ってないし、それ
ほどの飛び抜けた技量があるわけでないことも、自分自身が一番良く知
ってる。
 不思議なもんでな、こうして誰一人身寄りのないまま年寄りになってい
くってのは、途方もなく淋しいもんなんだ。心の支えっていうか、張り合い
っていうのか、そういうものが何一つないからな。家庭の持つ暖かさって
いう、若い頃はただうっとおしいだけに思えてたものが、歳をとるごとにこ
う、何て言うか……とっても素晴らしいものに見えてくるんだ。人間ってい
う奴は歳を重ねていくにつれて、過去にすがるようになるって言うが、一
度失くしてしまったものだからこそ、余計にそう思えるのかもしれんがな。
この歳になって初めて、家庭で一緒に夕食をとりながら談笑することの大
切さっていうか、何物にも代えがたい貴重さを、ひしひしと感じるようにな
っちまったよ。
 もっとも世間一般の、それが当たり前だと思ってる連中にとっては当然
のことだろうし、別にそのことを何とも思わんだろうがな。家の中に灯って
る灯りが、あんなにも暖かく素晴らしいものだったとは、正直言って今ま
で気付かなかったよ。俺も若い頃はこの傭兵の仕事で、世の中のいつも
虐げられてる貧乏人を救えるんじゃないか、と思ってた時期があってな。
ま、結局は幾らそう思ってみたところで、こればっかりは世の中の仕組み
で、とても俺には変えられるような代物じゃなかったがな。
 切ないとは思わんか。自分達には何のもてなしも出来ない奴が、精一
杯のもてなしとして出来るのは、せいぜい女を世話することくらいだ。それ
が自分の娘や女房なんだぞ。哀しすぎるよ。俺は今まで、そんな光景を
見過ぎて来たのかもなあ……。死に場所を求めてた人間が結局こうして
生き残っちまってる。運命ってのは皮肉なもんさ。なあロビン、そうは思わ
んか」
 鮫島は正面のマンションの上の方を凝視したまま、淡々と喋っていた。
しかしその頬は幾筋もの涙で、暗闇の中でもそれと判るくらいに濡れて光
っていた。ロビンとて、とても鮫島の顔を正視出来なかった。咽の奥が締
め付けられるようで、一言でも発すれば泣き出してしまいそうなくらいに切
なかった。低く唸るように聞こえる風の音も、空の泣き声のようだった。しば
らくしてから、やっとロビンは言った。
「シャーク、この片が付いたら、お供させてください」
「ロビン……」
 二人の傭兵は、しばらく互いに見つめ合ったままだった。

 雨も風も一層強さを増してきた。時刻はやがて午前三時になろうとしてい
る。そろそろコブラが巽明代の部屋のベランダから屋上に登ってくる頃だ。
「じゃ、いいかロビン、打ち合わせ通りにな」
「はい。でも私だけが洋子を連れて脱出しても、その後、シャークはどうする
んですか」
「心配するな。お前のアパートで落ち合おう」
 そう笑顔で言うとシャークは、時計に目を落として言った。
「行くぞ、ロビン。時間だ」
「はい!」
「これが本当のラスト・オペレーションだ。有終の美を飾ろうぜ」
 シャークはロビンの方を振り向いて、親指を力強く立て、笑顔を見せなが
ら言った。その笑顔は、これまで鬱積していたものを一気に吐き出したせい
なのかも知れないが、この上もなく美しく輝いている男の顔にロビンには見
えた。
 二人の元傭兵は暗闇に乗じて、そのマンションの裏の駐車場にある非常
階段に近付いた。ロビンは肩にロープを担いでいる。張り込みの刑事の姿
が見えないことは、すでに確認済みだった。二人は物音を立てないように
屋上まで非常階段を登り、屋上にあるエレベーターの機械室の脇に位置し
た。ロビンが肩からロープを下ろすと、屋上の鉄柵に端を縛り付け、一方シ
ャークはその間、辺りに注意を集中する。そして二人は息を潜ませ、コブラ
の到着を待った。彼には聞き出したいことが山ほどあるのだ。もちろん洋子
救出が最優先するのだが、出来ることなら、同時にコブラを捕獲したかった。
そのために今日を選んだのだ。彼が屋上に上がって来た時がそのチャンス
である。ここは警察の治安がしっかりしている国、日本なのだ。巽明代の部
屋に踏み込むなどという、馬鹿げた行為は迂闊には出来ない。

 やがてシャークが緊張するのがロビンに判った。屋上の片隅に人の手ら
しき物が現われ、次に彼らにとって忘れようとしても忘れられない顔が現わ
れた。彼は片手にパンらしき物の入ったビニール袋を持ってよじ登って来た。

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2007年12月30日 (日)

RobbinⅠ-帝王の花嫁- 第八章(2)

「何だと!まだ他に仲間が居るってことか。誰だ、そいつは」
 「シッ」とロビンが、珍しく大声になったシャークを制した。
「落ち着いて下さい、シャーク。誰もブラック・ローズの元仲間が関与して
るなんて言ってやしませんよ」
「当たり前だ。俺が手塩にかけて作り上げたブラック・ローズから、そう何
人も犯罪者が出てたまるか」
 しばらくの間、二人は黙っていた。ややあって再びシャークが呟くように
言った。
「昔の話になっちまうが、ロビン。本当のところ、お前は何故ブラック・ロー
ズを除隊したいと思ったんだ。何か不満があったのか」
「え?理由はあの時に言った通りですが。別に嘘を言って辞めたわけじゃ
ありません」
「自分は本当のところ、傭兵には不向きだということが判ったから除隊し
たい、って言ったよなあ。お前が辞めたいと言ってたのを俺はしつこく止
めたが……あの後しばらくして冷静に振り返ってみると、お前は除隊し
て正解だったと思うよ、ロビン。いや、決してお前が技量が他の奴に比
べて劣ってたとか、傭兵として不適格だとか言うわけじゃないんだ。それ
は勘違いしないで欲しいんだ」
 ロビンは黙って、シャークの言うことをじっと聞いていた。
「……お前は素直なんだよ、素直すぎるんだ」
 その言葉にロビンは思わず苦笑いをした。言われれば確かにその通り
だった。今回のことにしても何も彼自身が、危険と判っていることに自ら
首を突っ込む必要は無かったのだ。身の危険を省みず、こうして洋子救
出を実行しようとしていること自体が、余りに素直すぎるカウンター・アタ
ックである。そしてその反応は決して利口なものとは言えない。
「そしてな……その何の屈託もない笑顔が出来る、ってことが俺には羨
ましい。お前は俺達がいつの間にかとうに失くしちまったものを、まだ持
ってる。それにはお前自身は気付いてないだろうが、その生き方っての
は素晴らしいことなんだ。ロビン、お前にこのコードネームを付けたのは
この俺だが、この名前の本当の由来を俺はまだ一度も、お前に話したこ
とが無かったなあ……誰にも話さないでおこうと思ってたんだが、聞いて
くれるか」
「はい、出来れば。是非聞いておきたいです」
「ロビンって言うのはなあ……ずうっと昔、俺にまだ人並みに女房とガキ
がいた頃の、俺のガキの名前だったんだ。女房はマリアンって名前の平
凡なアメリカ女だった。ところがそのガキが、ALSっていう進行性の筋萎
縮性なんとかっていう病気にかかっちまったんだ。神様っていう奴がこの
世にいるのなら、俺は迷わず鉛玉を奴にぶち込んでたろう。俺達には途
方もない金が必要になった。絶対に助かりっこないことは百も承知だった
が、せめてこの世に生ある限りは、最高水準の医学治療を受けさせてや
りたかった。それが親として精一杯出来ることだと思ったからだ。ちょうど
俺が傭兵になりたての頃の話さ。
 まあ結局は、当時の医療水準もたかが知れてて、決してきれいとは言
えない死に方で、苦しみながら死んじまったがな。マリアンもショックだっ
たんだろう、後を追うように半年後に俺が出かけてる間に自殺しちまった。
残された俺は、死に場所を求めて世界の戦場を傭兵として彷う羽目にな
ったが、運命ってのは皮肉なもんで、なかなかそう簡単にはあの世とや
らへは行かしちゃくれなかった。やがて当時ブラジルに居た俺の元へ、
ブラック・ローズ部隊の設立のオファーが舞い込んで来た。
 最初の数年間は、それこそあっという間だった。そのうち隊員の一人、
エフエフって名前の奴だったが、そいつが精神に異常をきたしたのが判
ってな、奴を除隊させた。そいつの代わりに、たまたまフランス外人部隊
の応募に行こうとしてたお前が、スカウトされたってわけさ。入隊して来
たお前を初めて見た時、俺は思わず『ロビン』と叫びそうになったよ。それ
程お前には俺のガキの面影があった、性格も一挙一動もな。照れ臭かっ
たから、俺が昔飼ってた猫の名前だってことにして、お前のネームを付け
たんだがな。
 それに今だから言うが、あの時予定されてたミッションには囮が必要で
な、万が一の事もあるから、俺達のことを詳しく知らない奴の方が都合が
よかったんだ。最後の最後にお前を奪回に行ったわけだが、正直言って
お前がまだ生きてるとは、俺は思ってなかった。ろくな訓練もしてない、
ほとんど素人だったからな。気を悪くするだろうが、証拠湮滅のつもりで、
お前の死体を処理する予定でお前の所に向かったんだ。ところが」
「残念ながら、私はどっこい生きてた」
「そう。それどころか、逆に奴らの隙をついて武器を奪い取り、見事に脱出
しようとするところだった。それを見て、こっちが唖然としたぞ」
「あの時は、私も必死でしたよ。今だからこうして笑いながら話せます。窮
鼠ねこを噛む、って奴でね、あの時奴らから受けた仕打ちは思い出したく
もないし反吐が出ます。結局のところは、運がよかったんです」
「運だって実力のうちさ。使い捨てのつもりだったお前だが、俺はそれで
本格的にブラック・ローズ部隊の傭兵として、お前を訓練し一人前の傭兵
に育てることにしたんだ。あとはお前が知っての通りだ」

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2007年12月29日 (土)

RobbinⅠ-帝王の花嫁- 第八章(1)

「シャーク、聞きたいことがあるんですが」
「何だ、ロビン」
 鮫島はニヤリと笑いながら、ロビンの方を見て言った。思わずロビンも笑
みを返した。風が一段と強まり、雨も時に強く降り始めている。彼らは目的
のマンションから少し離れた所に車を止めた後、夜の闇に紛れて裏口から
さほど遠くない植え込みの中に、じっと身を潜め様子を伺っていた。二人と
も昔からの繋がりを示すかのような、お揃いの迷彩服に身を包んでいる。
 張り込みの刑事達も、この天候とこの時刻では何も起きないと思って安
心しているのか、窓から監視している様子はなかった。彼らの周囲の葉音
がうるさいほどの音を立てているにも関わらず、二人の会話はほとんど聞
き取れぬくらい小さな声だった。
「シャークはこの事件、どう思われますか」
「どう、とは?何が言いたいんだ、ロビン。お前らしくないな、はっきり言った
らどうだ」
「は、すみません。事件に無関係な白鳥洋子を誘拐してまで、強引に私を
事件に巻き込もうとした奴の意図が、今一つ良くわからないんです」
「コブラはお前に、これが最後のミッションだと言った、と言ったな」
「はい」
「ふうむ。コブラとお前とは、どっちかと言えば犬猿の仲に近かったものな」
「ええ。今さら私に罪を被せるとか被せないとかいう問題とは、ちょっとば
かり違うように思うんです。私を引き込むことにえらく執着してたような」
「いわゆるスケープ・ゴートにされただけだものなあ。だったら別にお前じ
ゃなくても良かったわけだし。警察の奴らの目をそらせるために単に利用
したにしちゃあ、確かに念が入り過ぎてるな」
「とんでもない目に遭いましたよ。もっとも警察の方も、全面的に私を信用
したわけじゃないみたいですが、取り敢えず黒田専務の方に焦点を絞って
るようです」
「時間稼ぎだったのかなあ」
「時間稼ぎ、ですか」
「まさかコブラの存在がそうそう簡単に割れるとも思えんし、犯人が元傭兵
だなんて現実離れしてて想像もつかんだろうな。警察の方も、どうしてもお
前の方に目が向くだろう」
「私も一応、元傭兵なんですが」
「ふふ、まあそうムキになるな。奴と共犯にされちゃかなわんってわけか」
「その通りです」
「ま、それによしんばお前が捕まったとしてもだ、お前の口からブラック・ロ
ーズのことは一切漏れはすまい」
 ロビンは当たり前だと言わんばかりに、力強く頷いた。
「奴の狙いは、そこにあったんじゃないのかな」
「と、言いますと」
「いきなりコブラのことを言ってみても、警察はそう簡単にお前の言うことを
信用するわけがない。奴らを納得させるにはブラック・ローズ時代からの繋
がりと、白鳥洋子誘拐を説明しなきゃどうしようもない。だがそうすることは
同時に、お前のカバーがスッ飛ぶってことだ。お前はもうここには居られな
くなる。今の生活を自ら破壊するようなことを言えるわけがない。それにブ
ラック・ローズのことを喋ることは契約違反だしな。よしんば言えたとしても
だ、逆にお前がこれまでブラック・ローズ時代に行なってきた殺人の方が、
軍隊を許してない今の日本にとっては、それこそ国際的な大問題になって
くる。
 と言うことは、お前はエクスキューズ出来ないってことだ。そうなれば当然、
警察の捜査はお前の所に釘付けになる。状況的にはどう見ても、お前とコ
ブラはグルだってことは間違いない、と普通は思うだろう。そういう意味じゃ
あ、安心出来る捨て駒ってわけだ。警察がお前の所でもたついてる間に、
奴は現金を持ってお定まりの海外逃亡、って筋書きじゃないのか。ま、これ
は俺の想像でしかないが」
「……そうでしょうか」
「ん?何考えてるんだ、ロビン」
「本当にそうなら何故コブラは、まだあそこに居るんでしょう。おかしいとは思
われませんか。彼の性格は私もよく知ってますが、まるで誰かにあそこにい
ろと言われてしぶしぶ居るような。シャークに会うまでは、私はそれがシャー
クの命令じゃないかと思ってたんです。もちろんトリム内部に奴に協力した人
間が居るかも知れませんが、よしんばいたとしても、そんな人間の命令を素
直に聞くような奴だとは思えないんです。だから……」
「言ってみろ、何だ」
「これは素朴な疑問なんですが、この事件の犯人は、本当にコブラなのかと」

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2007年12月28日 (金)

作者の簡単レビュー 【その10】

 主人公が元傭兵という設定になったきっかけは、船戸与一さんの「猛き
箱舟」や浦沢直樹さんの「パイナップル・アーミー」を読んだことかもしれま
せん。とてもあそこまでリアルな、そして人間味あふれる主人公にはなっ
ていないと思いますが、小説を書き始めないことには、主人公も成長しな
いですからね。それらに後押しされたと言っていいかもしれません。
 それをきっかけに傭兵関係の本を色々と読みましたが、お互いをコード
ネームで呼び合う部分で、どういうニックネームにしようかと悩みました。
 ただ結果として、決して盗作ではないのですが、大沢在昌さんの「新宿
鮫」の主人公鮫島と「シャーク」という名前の部分が酷似していたので、
本人は当時、正直かなりショックでした。先に出て有名になった方が本家
ですからね…。
 次の第八章のサブタイトルは「ラスト・オペレーション」です。

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2007年12月26日 (水)

RobbinⅠ-帝王の花嫁- 第七章(10)

 そこに立っていたのは、かつてのブラック・ローズの部隊長、鮫島省吾
その人だった。
「まさかこんな形で再会するとは思わなかったぞ、ロビン。とんでもないこ
とをしてくれたな。俺の顔に泥を塗ってくれるとはな」
「それはこっちの台詞ですよ。どうしてこんなことをしてしまったんですか。
俺は貴方だけは、こんなことをする人じゃないと信じてたのに。洋子まで
誘拐して、俺をむりやり巻き込んで……見損ないましたよ、シャーク」
「何だと、一体、何のことだ。俺が何をしたって言うんだ、ロビン。この場
逃れのいい加減なことを言うな!」
「貴方こそ、私を消して安心しようって言うんでしょう。裏の事情を知って
るのは私だけですからね。そうか、奪った現金を持ってるのは、やっぱり
貴方だったのか。だからコブラが今だに、ああも大人しく洋子を生かし続
けてるんですね。何で洋子を殺さないんですか。私をこの犯罪に借り出
す目的は、すでに充分達したんでしょう」 
 思いもかけぬロビンの気迫に気押されたのか、鮫島は一瞬たじろいだ
ように見えた。
「おい、ロビン。お前何を言ってるんだ、洋子って誰だ」
「何を今さら。シャークの方こそ、とぼけるのはやめて下さい。俺のことは
どうでもいいけど、頼むから彼女だけは無事に返してやってください」
 シラを切り通しているにしては、ロビンの口調や態度がおかしいことに
気付いた鮫島は、怪訝そうな表情でロビンの目をじっと見詰めていたが、
やがて口を開いた。
「ちょっと待て。おいロビン、もう一度最初から順を追って、詳しく説明して
みろ」
「だって貴方がコブラに命令して、私との折衝をやらせたんでしょう。何を
今さら」
「馬鹿な、何で俺がコブラとつるんでるんだ。つるんでたのは、お前の方
だろうが」
「え?何で私がコブラとつるんでるんですか。見損なわないでください」
「違う、とでも言うのか」
「貴方こそ……」

 二人は話の食い違いに、最初は互いに相手が嘘をついていると思って
いたが、話しているうちにようやく、真実らしきものが垣間見えるのを感じ
始めた。長い付き合いであり、二人とも互いの性格は知り抜いていたか
ら、嘘を言っているかどうかは、お互いの表情や態度で判断出来る。
 ロビンはまさかと訝しがりながらも、思い切ってこれまでの一部始終を、
鮫島に打ち明けてみた。まさしくその時の鮫島の反応は、彼が予期して
いたものとは正反対だった。逆に鮫島はロビンに、色々なことを矢継ぎ早
に尋ねて来た。ロビンは問われるままに、最初の留守番電話の発端から、
喫茶アルファにかかって来た呼び出し電話、そしてホテルの一室での富
田との話し合いの決裂の顛末や、その後のことまでを細かく鮫島に説明
した。
「……そうか、そういうことだったのか。道理でな」
 鮫島は説明を聞いて、しばらくの間じっと考え込んでいたが、やがて納
得したようだった。
「どうやら我々は、コブラにまんまと騙されてたようだな。だが、その女を
救出するにしても、策はあるのか。ロビン」
「今北上してる台風十四号次第です。警察の見張りの目が四、六時中光
っていることが判っている以上、不必要なことは出来るだけ避けたいんで
す。これまで私が調べた結果では、二人の刑事が巽明代のマンションの、
すぐ横のモーテルから窓越しで監視しています。でも彼らは今だに、コブ
ラが毎夜三時頃ベランダ側から屋上に登って、そこのエレベーター室に行
っていることを知りません。
 私に言わせれば、張り込みをしていると言っても死角だらけです。真夜
中の夜の闇に紛れて侵入すれば、彼らの目をごまかすことは充分可能だ
と考えています。その意味でも、この台風はもってこいだと思います。そし
て可能であるのなら、コブラを捕捉したい、と。よしんば台風が逸れてしま
ったら、仕方ありませんから、一刻も早く洋子救出のみを強行します」
「武器は」
「ありません。アーミー・ナイフが一丁あるだけです。強いて言うなら、唯一
の武器は、私があの場所をつきとめたことをコブラが知らないことだ、と思
っています。もちろん確証はないですし、あくまで私の推測にしか過ぎませ
んけど」
「ふ、相変わらず無茶をする奴だな。それを一人でやろうとしてたのか」
 鮫島は苦笑しながらロビンに言った。ロビンは黙って頷く。そんなところは
昔とちっとも変わっていないことに、鮫島は懐かしさを感じた。少しだけ微笑
みながら鮫島は言った。
「まあ、いいだろう。心配だから俺も同行させてもらうぞ」
「え?」
 その予想外の言葉に、暗い部屋の中でロビンは、シャークをただ見つめ
るだけだった。

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2007年12月25日 (火)

RobbinⅠ-帝王の花嫁- 第七章(9)

 本郷達と別れ、トリムから帰って来る電車の中からずっと、津田はどうも
誰かの鋭い視線が、自分に向けられているような気がしてならなかった。
『気のせいか?このところ疲れてるから、神経過敏かもな』
 捜査の方向としては、どうやら彼ではなく、黒田専務に疑惑の目が向け
られているようだった。取り敢えず自分を見張る刑事も居なくなったようで、
ほっとしていた矢先のことである。さりげなく後ろを振り返って見ても、誰も
それらしき不審な人物は発見出来ない。いつも自分が尾行する時に隠れ
そうな場所へも目を走らせたが、異常はなかったのでそのまま彼は自分
のアパートに戻ると、新聞を広げ天気予報の欄に目を落とした。
 上手い具合に、台風十四号が北上している。テレビの天気予報でも、
台風の接近に伴って明日の昼頃から天気が崩れると言っていた。
『いいぞ、そのまま来てくれよ。そうすれば、明日の夜、決行できる』
 それらを確認した後、彼は夕食を近くの大衆食堂で取ろうと部屋を出た。
ロビンとて時折、気が向けば自炊の真似事もしたりするのだが、このとこ
ろ作ろうという気が全く起こらず、外食ばかりの毎日であった。すでに外に
は夜の暗闇が押し寄せ、強めの風が吹き荒れ、木々の梢を揺らしていた。

 彼は線路沿いの小道から大通りに出ようとして、竹薮の有る一角を通り
過ぎ、近道しようとした。五、六メートルも進んだその時、津田のすぐ右の
竹薮の中で、ゴツンと石が竹に当たる大きな音がして、思わず彼は立ち
止まり、その方向に目をやった。
『何だ?』
 一瞬彼の注意がその竹薮に向いた時、音もなく黒い影が塀の上から彼
の背後に飛び降りると、ロビンが気付くより先に、彼の背後に忍び寄ると、
ロビンの口を手で塞ぎ、同時に冷たい刃物の先を彼の咽に押し当てて、静
かに言った。
「抵抗すれば殺すぞ、ロビン」
『誰だ。どうして俺の傭兵時代のコードネームを知ってるんだ、こいつ』
 抵抗すれば、あっという間に咽を掻き切られてしまうことは判りきっていた。
ロビンは観念し、全身の力を抜いた。この体勢では逃れようが無い。しばらく
二人はその体勢のままでじっとしていたが、やがて背後の男が言った。
「よし、じゃあ取り敢えず、アパートの方に戻ってもらおうか」

 彼はロビンの右手を後ろ手に捻上げ、ロビンの背中にナイフの先を当てた。
そしてロビンの背後に貼り付くように位置すると、ロビンに歩くよう促した。二
階のロビンの部屋の中に入ると、背後の男は言った。
「ところで、犯人のお前がどうして釈放されてるんだ」
「誰だか知らん人間に、そんなこと答える筋合いは無いね」
 それは精一杯の彼の強がりだったが、相手の男はそれを聞いてふっと鼻
で笑うと、今まで掴んでいたロビンの右腕を放し、ナイフらしきものを引っ込
めた。ロビンは別に今さら抵抗しても勝ち目はないと思い、静かに背後の男
の方を振り向いた。次の瞬間、彼は思わず我が目を疑い、無意識にその男
の昔の名前を声に出して叫んでいた。
「シャーク!」

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2007年12月24日 (月)

RobbinⅠ-帝王の花嫁- 第七章(8)

「ちょいと借りたのさ。それに俺の名前が何だろうと、守衛には関係ないか
らな。この制服と名札さえあれば、トリムの外から堂々と内部に侵入できる
ってわけさ」
「守衛所とて、トリムの社員であればフリーパスだな。たしかに、いちいち
社員証の名前と名札の照合まではしてないな」
「知ってたか、この制服は一人二着支給されてるんだぜ。つまりトリム内に
知り合いがいれば、そいつからこっそり借りられるわけだ。それに社員から
請求があれば、それ以上だって実費を出せば、制服は購入できるんだ。名
札だってその気になれば、紛失届けを出せば幾らでも作ってくれる。もっと
も、総務にデータは残る筈だがな」
 大崎係長が、津田の言葉が終わるや否や、足早に総務に向かった。そ
の結果、今回の事件関係者として名前の挙がっている人間の内では、半
年前に黒田専務が名札の再作成を依頼している事実が判明した。念の為
にと大崎係長は、最近一年以内に再発行を申し出た十数名の名簿をコピ
ーして持ち帰った。該当者一人一人をしらみ潰しに当たるつもりなのだ。
「しかし、物的証拠が何も無いからな。状況証拠だけじゃ、黒田は逮捕出
来ないぞ」
 署に帰って来てから、彼らは簡単な会議を持ち、これまでの状況の整理
を行なった。
「セラヴィの方はどうなってるんだ、八木」
「支配人の植松と大島興業の周辺を洗ってます。大島興業の事務所の、
近所の住人からの聞き込み調査で、土曜の夜に彼らが大騒ぎをしてたこ
とは判明してます」
「大騒ぎをしてた、とはどういう意味だ」
「何でもそこら中を探してみろとか、まだ遠くへは行ってないとか、言って
たようです」
「ほう…」
「ちょっと、叩いてみますか」
「そうだな。大島興業と言えばたしか以前に、恐喝と麻薬取締法違反で
逮捕されたことが有ったんじゃなかったかな」
「判りました。手始めにチンピラを二、三人、調べてみましょう」
「事件当日がどうだったかはわからんが、帰国した八木光江が黒田専務
に会いに行った時には、彼女はトリムの制服を着用して、まんまとトリム
内部に潜り込んで、スリリングな密会を楽しんだ可能性が高いな。彼女は
黒田専務の直通電話の番号は、当然知ってるはずだ。社内にある公衆
電話ででも連絡を取れば、十二階からあそこの食堂の脇の喫茶店にでも
降りて来てもらうことは可能だ。幾ら何でも、自分も一緒に十二階まで上
がって、専務室に入り込むほど馬鹿じゃなかろう。秘書の目もあるしな」
「村上警部は、津田が言うように、事件当日も彼女がトリムの制服を着て
内部に潜り込んだと思われますか」
「それは何とも言えん。休みの日にも出勤してる社員はいるからな。だが
事件当日、重役専用のエレベーターは稼働してない。どっちにしても、十
一階止まりだ」
「確かに……。ですがその場合には、屋上が殺害現場でないことはほぼ
間違いないわけですから、十一階以下の何処かで殺されたにしては、痕
跡が皆無、ってのが」
「ああ。やはり非常階段で犯人達が死体を担ぎ上げた、と考えるのが妥
当な線かもな。頭が堅いせいか、どうしてもこの考え方に戻っちまうな」

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2007年12月23日 (日)

RobbinⅠ-帝王の花嫁- 第七章(7)

 約束の時間ちょうどに津田は、小脇に小さな紙袋を抱え、皆の前に爽や
かな笑顔で登場した。
「お待たせしました。じゃあ皆さんは先に、十一階の食堂の脇にある喫茶
コーナーで待っててもらえますか。五分後に行きます」
 彼らは受付で記帳を済ませ、胸に番号の入った名札をめいめいで付け
た後、社内の守衛所を通り、十一階の津田が言った喫茶店で津田を待っ
た。トリムでは事件以来、守衛の数が倍以上に増やされ、社内の各階に
守衛所が新たに設置されていた。
「村上警部、本当に津田はやって来られるんでしょうか。我々の入館記録
は残ってるのに、彼は入館記録無しでここまでやって来られる、と豪語し
てましたよね。胸に名札を付けてなければ、部外者は社内の守衛所でチ
ェックされるんですよ。コンピューター管理になってるから、中央の受付で
発行されたこの名札番号と我々の名前は、瞬時に各入り口の守衛所に
もオンラインされているというのに。それに名札がなければ見かけた社員
の通報で、守衛がスッ飛んで来ますよ。どう考えても不可能ですよ」
「まあ、それは無事に津田がここまで辿り着けたら、彼に聞いてみれば判
ることさ」

 その喫茶コーナーは社員専用らしく、トリムの制服を着た人間だらけだっ
た。ちょうど三時の休憩時間になり、急にその喫茶店は混み始めた。見渡
してみても、胸に名札を付けた外来の人間か、トリムの社員か、のどちら
かしかいない。雑談をしている人間も居るが、主には商談か簡単なミーテ
ィングをしているようだった。
「約束の時間は過ぎたぞ。津田は来ないじゃないか!」
「騙されたんですよ、警部。口からの出任せでああ言っては見たものの、
引っ込みが付かなくなって、逃げ出したんじゃないんですか」
「俺なら、さっきからここに居るぜ」
 いきなり津田の声が、彼らのすぐ後ろの席で聞こえた。思わず彼らは
その声のした、彼らのすぐ後ろの席の方を振り返って、そこに津田の後
ろ姿を発見して呆然となった。
「そうか、そういう手があったか!」
 本郷は、席を立ち津田の正面に回って、その津田の格好を見て思わ
ず叫んだ。津田はトリムの社員の制服を着ており、胸には『佐々木』と
いう名札を付けていた。さらにカモフラージュ用の眼鏡をかけ、髪も七三
に分け直していた。確かに彼らは先程、津田とトリムの前で別れた時の、
彼の服装と彼の顔しか探していなかった。トリムの制服を着ている眼鏡
をかけた津田など、彼らの眼中にはなかったので見落としたのだ。すぐ
脇を変装した津田が通り過ぎても、彼らが気付かなかったのは無理もな
いと言えた。
「津田、お前、何処からこの制服を手に入れたんだ。それにその名札は」

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2007年12月22日 (土)

RobbinⅠ-帝王の花嫁- 第七章(6)

 津田が眠そうな御機嫌斜めの顔で、大西刑事に連れられて彼らの前に
現われたのは、それから小一時間程たった頃だった。
「今度は一体、何なんですか。私が犯人一味だという証拠でも出て来たん
ですか。私はこう見えても、結構忙しいんですよ。用件は手短にお願いし
たいもんですね」
「偉そうに言うんじゃない、津田。何が忙しいだ。このところ連日部屋に閉
じこもって、昼間っから惰眠をむさぼってるっていう、もっぱらの噂だぞ」
「いやいや、こりゃあ恐れ入りました。警部さんは何でもお見通しのようで
すね。規則正しい毎日が無くなってしまうと、人間、だらけた生活に慣れる
のは早いもんですよ。ところで急に私を呼び出したりして、何か?」
「津田、お前、被害者の八木光江がトリム内で殺されたんじゃないかと言っ
てたな。今でも本当にそう思ってるのか」
「ああ、その件ですか。あの後、私なりに色々と考えてみたんですが、やっ
ぱりそっちの可能性が高いと思いますね。いくら犯人が複数だったとしても、
何の痕跡も残さずに外部から非常階段を延々使って死体を運び込み、屋上
に吊した後に、再び非常階段を使って逃亡した、とは考えにくいんです。単
純に考えればそれが一番簡単な方法に思えるんですが、良く考えてみると、
実は自然じゃない。守衛や監視カメラに発見される可能性がある。
 もしそうなったら元も子もないですからね。何もそこまで無理をしなくても、
普通なら他のもっと楽で安全な方法を考えるでしょうからね。少なくともトリ
ム内部に潜入できれば、屋内から屋外へは出られるわけですからね。通
常で行ける最上階である十一階から、非常階段に出ればいい。そうすれ
ば監視カメラの目も届かないし、階段を登る足音も決して地上の守衛所に
は聞こえないはず……こっちの方が遥かに安全でしょう。
 ですが中央高速での一件を見ても、用意周到な犯人が自分のデビュー
を、そんな単純で誰にでも思い付く行動で飾ったとは、どうしても思えない
んです。自分の恐ろしさをトリム側に植え付け、身代金を用意させるだけの
インパクトを与えなくてはいけないわけでしょう。だからいっけん大胆不敵な
犯行のように見せながら、実は中央高速の一件以上に、念入りに計画を練
って実行してる筈です。ま、本当のところはまだ判りませんけどね」
「ところでお前、トリム内部に守衛所や受付を通さずに、簡単に入れるとか
言ってたな。あれは本当か。それが本当なら、お前が言ったこともあながち
外れてるとは言えなくなる」
「ああ、それですか。何でしたら皆さん、トリム内部で待っててもらえれば、
私が見事、何の痕跡も残さずに入ってご覧に入れますが。なんなら今から
でもいいですよ」
「……よし、じゃあ、やってもらおう」
「本気ですか?わかりました。じゃあ、私は準備がありますので、いったん
アパートの方に帰らせてください。一時間後にトリム本社ビルの前でどうで
すか」
「いいだろう。お手並み拝見といこうか」

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2007年12月21日 (金)

RobbinⅠ-帝王の花嫁- 第七章(5)

「八木光江の、行方不明になる直前までの足取りが、ほぼ判明しました。
サイパン島で雑誌のグラビア用のヌード写真を撮影して帰国した後、土産
を持って知人の所へ行くと、一緒に行っていたスタッフの一人に洩らしてい
たそうです。彼女の部屋の留守番電話に、相手の男らしい声で留守録さ
れたテープが残されていました。それによれば、先々週の金曜日の午後
四時に自分のオフィスへ尋ねて来てくれ、と伝言が記録されていました」
「正木会長じゃないのか?」
「いえ、違うようです。トリムでの今年の年頭挨拶のビデオから分析した声
紋とは一致しません。それに声の感じからして、会長よりもっと年齢的に
若い男のようです」
「節操も何もあったもんじゃ無いな……近頃の若い女は、全く」
村上警部補が腕組みをしながら、煙草の煙に顔をしかめながら考え込ん
でいると、丁度トリム関係者の身辺調査班の面々が帰って来たところだっ
た。
「おう、御苦労さん。崎やん、どうだった」
大崎係長は、最近とみに薄くなった髪を気にしながら汗を拭った後、小声
で呟くように言った。
「いやあ、どうも変なことがありましてね」
「変なこと?何だそいつは」 
「実は、黒田専務がどうも時々若い女と逢い引きしてたようなんですよ。仕
事が夜遅くまで忙しくて家の方に余り帰れないとかで、都内のホテルの一
室をずっと借り切ってて、結構頻繁に利用してたようなんです。それと奥方
とは昨年の春から別居生活をしてるようで、奥方の方は広島の実家に今
年の春から帰ったきりです。それだけなら別にどうと言うことじゃありません
が、そこへ時々若い女が出入りしてたらしいんです。
 ホテル関係者の何人かが、黒田専務の部屋からその若い女が出てくる
ところを目撃してます。ホテル側としても黒田専務は常連で金払いのいい
客だし、トリムの専務という社会的立場にある人間ですから黙認してたよ
うです。しかしホテル関係者が覚えていた、相手の女の背格好やら顔立ち
から判断すると…まあ一応、写真も見せた上で確認したんで間違いないと
思われるんですが、相手のその若い女というのは、どうやら八木光江のよ
うな」
「何だと!八木光江が、黒田専務と関係してただとォ!」
 思わず村上警部補は大声を出してしまった。皆がびっくりした表情で彼を
見ていることに気付き、思わず彼は照れ隠しに一つ大きく咳払いをした。
「なるほどな。会長子飼いの人間がよりにもよって、会長の愛人の一人に
手を出してたってわけだ。そりゃあ、知られれば一貫の終わりだ。いやひょ
っとすると、会長は薄々感付いてたのかも知れんな。それが最近、会長命
令が黒田専務を介さずに、桑田社長に直々に行ってた原因だったのか。そ
こで自分の身を守るために、奴は反対勢力の桑田社長の元に走った?い
や、ちょっと待てよ。社長派に走ってたとしたら、会長に対する利害関係は
一致するな。奴らが三人共グルになってるってことも考えられるぞ。おい、あ
の三人の調書を持って来てくれ」
 大崎係長があっけにとられて彼を見ていたが、そんなことには一向にお構
い無しに、村上警部補は誰に言うともなく呟いていた。
「巽明代の存在をだしにして、いやひょっとしたら、巽明代までグルかもな。
そうか、三人がグルだとすれば、例の中央高速上の連係プレーも頷ける。
犯人からの連絡で三人が動かされてたと思っていたが、実は三人がお互い
に連絡を取り合ってたってわけか。複数犯の仕業だと思い込まされてたって
わけだ。くそっ、ずいぶんと手の込んだことをしてくれるじゃないか」
 皆がいつの間にか、村上警部補の周りに集まって来ていた。
「すると、もしも八木光江を呼び出したのが黒田専務だとすれば、その会話
の中にあったオフィスって言うのは」
「トリム電子産業の本社、ってことになりますね」
「そして彼女はトリムの屋上から、死体となって吊された」
「おい、本郷。ちょっとあの自称平凡で善良な一市民を呼べ」
「はあ?だ、誰ですって」
「津田だよ、津田!しゃくだが、ことと次第によっては、奴にも協力してもらわ
んといかんことになるかも知れん」
「わかりました。早速、張り込み中の大西に連絡します」

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2007年12月20日 (木)

RobbinⅠ-帝王の花嫁- 第七章(4)

 連日の深夜調査を開始し始めた頃、ロビンは洋子がもはやこの世には
居ないだろうと半ば諦めていた。しかし多摩川の対岸から、超高性能の
双眼鏡で巽明代の部屋を監視するうち、彼は真夜中の三時頃にコブラが
行動を起こすことを発見した。部屋のベランダからロープのようなものを伝
って屋上に登り、エレベーターの機械室らしき所に出入りしているのであ
る。ロビンは洋子がそこに居ることを確信した。それ以外には考えられな
いが、問題はどうやって助け出すかである。
 警察の張り込みの目が光っている以上、昼間のこのこと迂闊に近付く
わけにはいかない。下手をすれば自分がやはり富田とグルであったと誤
解され、トリムの事件と鎌田芳子殺害事件ばかりか、洋子誘拐犯の汚名
をも被る羽目にもなりかねない。洋子が富田に誘拐され、自分は仕方な
く犯罪の片棒を担いだ、という話の持って行き方でも良いのだが、そうそ
う簡単には警察がその話を信用してくれるとは思えない。

 今にして思えば、最初からそう正直に警察に話せばよかったのだろうが、
あの時はそこまでは頭が回らなかったし、自分の過去が富田との絡みで
明らかになるのを恐れてしまった為に、自分は洋子の行方不明の件とは
一切関知していない、という立場に立ってしまっている。それに自分のカ
ウンターアタックが遅れてしまったために洋子が誘拐されてしまったとい
う事実は、傭兵ロビンにとっては屈辱的なことだった。それ故、洋子の件
に関しては何としても自分自身で片を付けたかった。
 それに悠長に警察に全てを委ねるようなことはしていられない。出来る
ことなら一刻一秒を争って洋子救出をしないと、この先の彼女の生命の
保証は出来ないのだ。現金がすでに奪われている以上、いつ行方をくら
ませても不思議ではない。言い換えれば、いつ足手纏いの白鳥洋子が
殺されても不思議ではないわけである。富田が白鳥洋子をこうも生かし
ておく必要は、何も無いのだ。
『さて、いつ決行するべきかな……』
 傭兵コブラの腕前の程はロビンとて良く知り抜いている。まともに戦った
のでは残念ながら勝ち目は薄かった。それに相手がどんな武器を持って
いないとも限らない。ロビンの手持ちの武器は、たかだか左胸で人肌に暖
まっているアーミーナイフ一本なのだ。
『くそっ、セシウム・ガスでもあればな』
 悔やんだところでどうしようも無かった。天候の悪い日を待って強引に決
行するしかないと思った彼は、取り敢えずその日は早目に帰路につくこと
にした。

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2007年12月18日 (火)

RobbinⅠ-帝王の花嫁- 第七章(3)

 その男は運命の糸に導かれるごとく、じっとテレビの画面を食い入るよう
に見詰めていた。
『飼い犬に手を噛まれる、とはこういうことか』
 テレビはしきりと、トリム事件の全容と今回の鎌田芳子殺害事件との関
係を強調し、とりわけその残虐性と計画的犯行の内容をかなり詳細にレポ
ートしていた。そして現金受け取りの現場に現われた津田宗弘容疑者を、
重要参考人として現在拘留して取り調べ中であると言った。共犯者がいる
ことはほぼ間違いない、と断定している。
『何て奴だ。まるでブラック・ローズ時代のコブラじゃないか』
 男はそこで、はっと思い至った。人間そうそう簡単に、性格や行動の癖が
変わるものではないことに気付いたのだ。
『そうか……富田か!二人がグルなのか。何て奴らだ、ブラック・ローズ部
隊を犯罪者養成部隊にしやがって』
 完全に男のプライドは傷つけられ、立っていられぬほどに、彼は怒り心頭
に達した。
『世間がお前達を許すようなことがあっても、俺は絶対にお前を許さないぞ、
ロビン。男の誇りを傷つけた奴がどんな目に遭うか判ってるだろう』
 怒りに燃えた目で彼は、テレビの画面をじっと見詰めていた。彼には今の
日雇い労働者のカバーを捨ててでも、やらなくてはいけないことが出来てし
まったわけだが、不思議とそう決めてしまうと今の生活に未練はなかった。
しかし今のカバーの後始末だけは、きちんとしておかなくてはならない。
 翌朝、男は仕事場に行くと早速、責任者に一身上の都合でやめる旨を通
告し、彼が唖然とするのを尻目にその場を後にした。途中で顔馴染みの仲
間の一人に出会った彼は、理由を聞かれ暫く考えていたが、やがてこう言
った。
「なに、昔俺を捨てた女がたまたま東京に出て来てるのが判ったのさ。昔の
ことだが、俺にとっては大切なことなんだ。このまま放っとくわけにはいかん
からな、きっちり片を付けて来たいんだよ」
 彼は不敵にニヤリと笑うと、片手を上げて足早に去って行こうとした。
「終わったらまた帰って来いよ。一緒にまた、酒飲もうや」
 そうとは知らぬ立花貞男は、彼に背後からそう声をかけた。七十近い高齢
にも拘わらず、彼は日雇いで生計を立てており、男の一番気の合う仲間で
もあった。
「ああ、出来たらな。それまでじいさんも元気でいろよ。酒も程々にしとかな
いと……朝起きたらあの世だった、ってことのないようにな」
 年齢を越えた友との本当のことが言えない別れは、彼にとっては辛いも
のだった。
『爺さん、いつまでも元気で長生きしてくれよ』
 自分がこの切ない別れをしなくてはならなくなったのも全てロビンのせい
なのだ、と男の心の中には今さらながら、新たな怒りが込み上げて来た。

 自分のアパートに帰ると、彼はすぐに荷造りを始めた。押入の片隅から思
いもかけず、小さく左胸の所に色褪せた紫色の薔薇の花が刺繍してある、
ブラック・ローズ時代の服が出てきた。しばらくの間、彼はその服をじっと見
詰めて想いに耽っていた。幾多の戦場の思い出と共に、かつての温かなそ
して切ない思い出が甦ってくる。悲しみと虚しさが複雑に入り混じった感情
が心の中に湧き上がって来たが、不思議と彼は冷静でいられた。
 整理しているうちに、赤の使い古されたパスポートが二冊出て来た。それ
らは若かりし頃の彼の写真と、たくさんの観光ビザや色とりどりの入出国の
スタンプで埋め尽くされていた。思わず懐かしさがこみ上げて来たが、やが
て彼はマッチを取り出すとパスポートに火を付け、燃え尽きるまでじっと見詰
めていた。自分の過去を示す証拠は、これで何もかも無くなってしまったの
である。やがて彼は身の回りの必要最小限の荷物をまとめると、その二度
と帰って来ないであろう部屋を後にした。

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2007年12月17日 (月)

RobbinⅠ-帝王の花嫁- 第七章(2)

『鎌田芳子が殺されただと。コブラ、一体何人殺せば気が済むんだ』
 夕刊の社会面トップの扱いの記事とテレビのニュースを見ながら、ロビン
は思った。
『いったい何のために、そこまで殺人を重ねる必要があるんだ。身代金は
たんまりせしめたろうに……あとはお定まりの海外逃亡のコースじゃない
か。それとも彼女が共犯者だったから口封じに殺したとでも言うのか。こ
れでまたトリムの屋上から吊されてれば、それこそ大騒ぎになったろうが』
 ロビンには、たとえ鎌田芳子が共犯者であったにせよ、コブラが一刻も
早く海外逃亡を強引に決め込んでしまえば、身の安全は保証されたも同
然と思えてならない。警察の捜査線上に彼はまだ登場していないから、
全くの安全圏にいると言って良い。鎌田芳子を殺すような時間があるなら、
自分ならとっくに逃亡しているとロビンは思った。
 ニュースによれば、彼女が絞殺死体で多摩川に浮かんでいるのを、たま
たま早朝に現場周辺をうろついていたアベックが発見し警察に通報したよ
うだった。死因は絞殺による窒息死で、首に細い紐のようなもので絞めら
れた跡があり、その後に多摩川に投げ入れられたらしいことが記事で判っ
た。
『だが、奴はまだ逃亡しようともしていない。何故なんだ』
 しばらくく考えてみて、ふとロビンは思い当たった。
『金だ!奴はまだ大金を手に入れてないんじゃないのか』
 コブラの性格や言動を考え合わせれば、それしか考えられなかった。
『じゃあ一体、誰が奴に金を届けるんだ。巽明代か、それとも他の誰かか。
いや、それよりも、奴が金を手に入れてないとすれば、一体誰が三億円以
上の大金をせしめたと言うんだ。シャークが持ったままなのか……。警察の
複数犯説も一理あるが、本当にコブラが犯人なんだろうか』
 頭脳明晰な探偵でもない限り、この謎は容易に解けそうにもなかった。よ
く推理小説でありがちな天啓が頭にひらめくわけでもなく、色々な事柄が津
田の頭の中で衝突し混乱していた。自分が登場して捜査に協力する形をと
り、元傭兵コブラを捜査線上に配するのは簡単である。だがそれをすること
は、サラリーマン探偵の津田宗弘という、これまで地道に築き上げてきた自
分のカバーが一瞬にしてスッ飛ぶことを意味する。今の生活基盤が奪われ
るだけで済む筈もないうえに、ブラック・ローズ部隊の裏切り者として標的に
なるのはごめんだった。だいいち、何はともあれ、行方不明の白鳥洋子を探
し出す必要がある。ロビンには時間が経つにつれて、洋子生存の可能性が
どんどん少なくなっているように思えてならないのだ。
『彼女は、あそこに居るんだろうか』
 張り込みの刑事の目が節穴でもなければ、今日の一瞬の出来事は、すで
に村上警部補や本郷刑事達の耳に入っているだろう。巽明代のマンションの
方の張り込みも、当然厳しくなってくる。カモフラージュは傭兵時代からお手
のものだが、あまり警察とはそうそう正面から張り合いたくはなかった。彼は
これからも津田という一人の男として、今の日本社会の中で生きていくつもり
でいるのだから。
『何とか確認する方法はないものか』
 部屋の灯りを消してそっと窓際に立つと、彼は窓越しに周りの様子を伺った。
時刻は夜の十一時を少しまわっているので、眠りに就いても少しもおかしくな
い時刻である。果たして昼間見かけた一人の男は、部屋の持ち主が寝たと思
ったらしく、腕時計をしきりと気にしながら頻繁に見始めた。やがてそれから小
一時間もしないうちに、これ以上は見張っていても仕方ないと判断したようで、
何処かへと去って行った。
 それから暫くの間、ロビンはじっと暗闇の中で思案していた。やがて黒のジャ
ンバーを着込み、ベッドの枕元から一丁のアーミー・ナイフを取り出すと、内ポ
ケットに忍ばせた。さらに彼は押入れの奥に隠しておいた、高性能の赤外線ス
コープ付きの双眼鏡を取り出した。片手に愛車の鍵を手にし、彼は部屋のドア
をそっと開けた。辺りに監視の目が無いことを充分確認してから、ロビンは静か
に外へ出た。
 彼のアパートの南側には、高さ約二メートルのコンクリートの壁がある。それ
を乗り越えた所は露天駐車場になっており、今も四十台ほどの車が窮屈そう
に眠っていた。一番隅でシートを被って眠っている車の前に立つと、ロビンは
シートを静かに外した。彼とて車は持っているのだが、通常は電車で動き回っ
ている。たまの休みの日に気が向けば時々運転する程度で、他人には自分
が車を持っていることを一切口外していない。だから彼は自分のアパートの前
の住人専用駐車場では契約せず、わざわざ裏側にあたるこの場所で少々高
い金を払って契約しているのだった。このところ余り構ってやっていないので
バッテリーに若干の不安はあったが、一発でエンジンがかかった。やがてステ
ィーリー・ダンのカセットが押し込まれた後、静かに車は発進し、夜の闇の中に
消えて行った。

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2007年12月16日 (日)

RobbinⅠ-帝王の花嫁- 第七章(1)

「何だと、津田が勝手に動き回ってるだと!」
 津田を尾行していた大西刑事からの報告を聞いて、本郷は思わず大声
をあげてしまった。
「それだけじゃないんです。彼は巽明代のマンションへ、トリム本社近くの
喫茶店で佐々木常務に会った後に向かったんですが、津田が立ち去った
後、ほんの一瞬でしたが彼女の部屋のドアが開いたんです」
「誰かが居たってことか!誰だ、そいつは一体」
「判りません。引き続き遠藤刑事は隣りのモーテルで張り込みを続行して
いますが、増員した方がいいと思います」
「村上警部」
 本郷刑事は村上警部補に指示を仰いだ。
「セラヴィの方に張り込んでる奴を一人、巽明代のマンションの方に大至急
向かわせて、今張り込んでる遠藤と合流させろ。だが迂闊な事はさせるな
よ。今下手にこちらが動くのはまずい。もう暫く様子を見よう。くそっ、あれだ
け見張っててそんな素振りは微塵も見せないとはな、大したタマだよ全く」
「津田様々ってところですね、偶然とは言え」
「まあ……そう言えるかもな。しかし津田にあんまりウロチョロされて、捜査
の邪魔をされても困る。しゃしゃり出て目に余るようだったら、構わんから公
務執行妨害でもう一度叩き込め。あいつの容疑は完全に晴れてるわけじゃ
無いんだ。
 浅見とか言う所長が上層部に頼み込んで圧力をかけて来なきゃあ、むざ
むざ釈放なんてするもんか。津田が津田なら、その上司も得体が知れんと
きてる。だいいち、マスコミには津田は拘留中だ、って事で通してるんだぞ。
唯一の容疑者と思しき人間を、上層部からの指示とは言え、極秘裏に釈放
していたなんて事が知れてみろ、それこそとんでもないことになっちまう。記
者連中に知れなかったのがせめてもの救いだ。
 おい、ところで昨日の鎌田芳子の件はどうなってるんだ!何か手掛かりは
あったのか」
 珍しく村上警部補が御機嫌斜めで、怒鳴り散らすように言った。
『無理もないか。こうも立て続けに会長の愛人が二人も殺された上に、犯人
に三億円以上の現金をまんまとせしめられたんだ。失態の責任が下手すれ
ば、全部自分に降りかかってくる羽目になるかも知れんのだからなあ。それ
に津田の一件もあるし……』
 本郷はその時、村上警部補の前に立っていた自分の身の不幸を呪った。

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2007年12月15日 (土)

作者の簡単レビュー 【その9】

 今回の事件を複雑にする要因は色々とちりばめてあるのですが、それら
のサイドストーリーまでを全部含んで書き始めると内容が散漫になるので、
あえて止めました。まぁ正直言うと、全部を書き通すことに主力を置いてい
たので、そこまで余裕がなかった、というのが本当のところなんですけどね
…。プロの作家さんは、そういうところもきっちり書かれるのでしょうね、頭
が下がります。
 次の第7章のサブタイトルは「再会した二人」です。

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2007年12月14日 (金)

RobbinⅠ-帝王の花嫁- 第六章(7)

「あんただったのか。今さら私に一体何の用だ!いやそれよりも、どうして
ここに居るんだ、逮捕されたはずなのに」
 佐々木常務は、まるで白昼に幽霊でも見るかのような、驚愕の表情で津
田を見た。
「実は折り入って、色々とお伺いしたい事がありましてね、こうして参上した
次第なんですよ。お互いに今回の事件では被害者ですからね」
 最初のうちは怪訝そうに、まるで胡散臭いものでも見るかのような態度を
取っていた佐々木だったが、やがて津田の熱心な説明によって、ようやく彼
の置かれていた状況を理解し、納得したようだった。
 津田が自分自身の身の潔白を自力で証明しないことにはどうしようもない
ように、佐々木とて巽明代がもしも、事件の犯人と何らかの関与をしている
事実が判明すれば、彼女にトリム内部の事情をリークさせた事が判ってしま
っている以上、苦しい立場に追い込まれる事に変わりはなかった。このまま
では、ただ手をこまねいて判決を待つ被告のように、じっと捜査の結果を待
つしかなかった。
 今の二人に共通な事情は、今回の一連の事件に結果的に巻き込まれて
犯行に加担してしまったとは言え、基本的には犯人達とは無関係な立場で
ある、と言う事の積極的な証明である事で一致していた。
「じゃあ、佐々木さん。申し訳ないけど、巽明代の勤め先と自宅の住所を教え
てくれませんか。ついでに電話番号もね」
 津田は佐々木に示された住所と電話番号をメモすると、彼に尋ねた。
「ところで今朝、警察の方から何か連絡はありませんでしたか」
 津田は、自分が昨日突然釈放された裏には、何か新たな事件が起こり、ト
リム事件に進展が見られたからではないかと考えていた。これまでのところ
唯一の容疑者である自分をわざわざ泳がせるくらいの、とてつもなくインパク
トのある出来事に違いなかった。
「良く御存じですね。事情聴取を終えて帰宅して以降のアリバイを聞かれまし
たよ。それと津田さんが昨日釈放になったのと何か関係があるんでしょうか」
「多分……。ま、今日の夕刊かニュースでそれが何か判るでしょう。もっとも
私の件もありますから、報道管制が敷かれてなければ、の話ですがね」
 長時間話しているうちにいつの間にか彼ら二人の間には、社会的地位や
年齢の枠を越えて、共通の仲間意識らしきものが芽生えつつあった。それゆ
えに佐々木は、大体のトリム内部の事情や正木会長の愛人問題なども、津
田に自分が知っている限りの情報を教えた。佐々木にとっても津田が独自に
動いてくれた方が何かと好都合である。やがて津田は長く佐々木を引き止め
た事を詫びた後、その喫茶店を後にして早速、佐々木に教えられた巽明代の
自宅に向かうことにした。

 彼女の自宅は、田園調布の近くの多摩川沿いの高級マンションの八階にあ
った。津田は注意深く辺りの様子を伺いながら、張り込みと思しき刑事らしき
目つきの鋭い男の視線を尻目に、正面玄関横の無人の管理人室の前を通り、
エレベーターを使って最上階の八階まで行った。
 ドアに書かれている番号と表札を頼りに、津田は一番端の部屋の前に静か
に立った。彼は複雑な気持ちで『巽』と書かれた表札をしばらく眺めていたが、
それ以上は行動しようがなかった。津田はマンション周辺の様子や張り込み
場所を、一応下見しておこうと思って立ち去る事にした。危険な賭けに近かっ
たが、一介の平凡な人間であり警察のような捜査方法が取れない以上は、
巽明代本人に直接会って色々な事を、強引にでも聞き出すくらいしか手がな
いのだ。
 津田はその時、部屋の中で何かが、ほんの微かに動く気配がしたように感じ
た。それは、これまでの幾多の経験から来る、動物的な勘に近かった。だが時
間的には彼女はもう出勤した後の筈だったし、同居者がいるという話も佐々木
から聞いていなかったので、さほど気にもせず非常階段で降りてみようと、階段
を少し降りかけた。ほぼそれと同時に、誰も居ないはずの巽明代の部屋のドア
が、静かに少しだけ開いたのが津田の目の端に入り、思わず反射的に、彼は
物陰に隠れた。
 その部屋のドアから一瞬だったが垣間見えた男の顔を見て、津田は思わず
「あっ」と声をあげそうになった。その男の顔を彼は知っていたからだ。忘れよう
としても、決して忘れられない顔だった。

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2007年12月13日 (木)

RobbinⅠ-帝王の花嫁- 第六章(6)

『結局、当初現金は桑田邸を出る時、三つに分けてトランクに入れられてい
た。そして最初にそれらが、全て黒田専務の車に移し替えられて、次に佐
々木常務の車にそのうち二つが移されて、最後にその片方が桑田社長の
車に移された。そのうち、俺の待ってた双葉サービスエリアにやって来たの
は佐々木常務の車だけだったが、俺が車に乗ろうとして警察の連中に捕ま
った時には、その中身は空っぽだった。
 彼らがトランクを車から車へ移し替えているのは、尾行していた刑事が目
視で確認してるし、特に不審な行動は一切なかったと言っていた。じゃあ、
一体いつ、中から現金だけが消えたんだ?代わりに入っていたのは、古新
聞の束だったらしいが……約三億円の現金を警官の監視の中で、堂々と
見事に犯人にしてやられたってわけかよ』
 煙草を荒っぽく灰皿でもみ消した後、彼は窓際からそっとカーテン越しに
裏の道路の方を見た。そこには刑事らしき人間が一人、道をゆっくりと何度
か往復しながら、時折ちらちらと津田の部屋の窓の方に目線を走らせてい
る姿があった。
『見張り付き、か。釈放されただけでも有り難いと思え、ってことか。仕方な
いな』
 とりあえずとして彼は、浅見探偵事務所に連絡を入れておく必要があった。
この調子では、自分から動いて積極的に身の潔白を証明しない限り、いつま
でも警察の疑惑の目は自分に向いたままである。今の彼には身の潔白を積
極的に証明し、なおかつやらなくてはならない大切なことがあるのだ。他力
本願の考え方は彼の最も嫌いな考え方だった。夜の九時少し前だが、事務
所には誰かいる筈だった。
 もっとも浅見所長自身が電話に出ようものなら、彼は烈火の如く怒鳴り散ら
すだろうが、今はそんなことには目をつぶらざるを得なかった。最悪の場合に
なった時はその時だ、と覚悟を決めて彼は事務所の電話番号を回していた。
留守録メッセージ有りの赤ランプをじっと見詰めながら、彼は相手が出るのを
じっと辛抱強く待った。

 悪い予感というのはえてして当たるものである。彼はさんざん淺見所長に電
話口で嫌味を言われた挙げ句に、探偵事務所の名誉を著しく傷つけたという
理由で、一方的に解雇を言い渡されたのだ。これには流石に津田も焦った。
「所長、それはないですよ。私がいつ犯罪に加担したって言うんですか」
「馬鹿野郎!昨日、我々がどんな目に会ったか想像してみろ」
「昨日、ですか。はて」
「マスコミが、何処から嗅ぎ付けたか知らんがわんさと押し掛けて来て、仕事
にも何にもならなかったんだぞ。警察は警察で事情聴取に来るし。他人の迷
惑もちょっとは考えろ。何でこっちがお前のお陰で、精神的苦痛を味わわされ
なきゃならんのだ。こっちが慰謝料を請求したいくらいだ。今回だって知り合い
が急に上京したから休みをくれとか嘘の口実でっち上げた上に、このうえまだ
一週間休みをくれだと?ねぼけるのもいい加減にしろ」
「いや、あのですね……これには実は深いわけがありまして、その……何て
言うかですね」
「もういい。これ以上お前と話をしたくないんだ。退職金はお前の銀行口座に
明日中に振り込んでおくから、そのつもりでいろ。話は終わりだ」
 この一方的な言い方には流石に、我慢して下手に出ていた津田もカチンと
来て、一気にまくしたてた。
「不当解雇するつもりか。俺が犯人じゃないとわかったら所長、あんたを名誉
毀損で絶対に訴えてやるぞ、それでもいいんだな。俺だってこの事件の被害
者だと言ったろう。所長、あんた、自分の部下の言うことが信じられないのか。
俺に身の潔白を証明するだけの猶予をくれ、と言ってるんだ」
 それから二十分以上、さんざんすったもんだを繰り返した挙げ句、粘り強く
懇願した津田が勝利した。さすがの浅見所長もしぶしぶ折れて、津田の言う
ことをいったん了解したようだったが、有給扱いではなく欠勤扱いにすると言
った。それが終わった後で、彼は先程から気になっていた留守番電話のメッ
セージを聞いた。案の定、津田の神経を逆撫でする短い伝言が入っていた。
「よう、俺だよ。御苦労だったな、お陰で助かったよ。一言礼が言いたくてな。
自分の生命が有っただけありがたいと思えよ。じゃあな」
 それを聞いた瞬間、津田は思わず頭にカッと血が昇り、それまで手の中で
玩んでいた愛用の煙草の箱を、思いっきり壁に投げ付けていた。

 翌朝、津田はトリム電子産業の佐々木常務あてに、いかにも警察の人間で
あるような口ぶりで電話をし、午後二時過ぎに本社近くの喫茶店で会う約束を、
半ば強引に取り付けた。津田はよほど、本郷刑事の所へ行って本当の事情を
打ち明け、色々尋ねてみようかと思案したが、自分が今冷静でないことが判っ
ているだけに、下手な行動は起こさない方が良いと判断した。今は兎に角、自
分が冷静になって考えられる場所が彼には必要だった。洋子のことも気になっ
ていた。その場所は、言わずと知れた、ただ一ヶ所である。
「津田ちゃん……あんた」
 驚愕した木島を尻目に、彼はアルファのいつもの席に腰掛けた。恐らく昨日
からの新聞やニュースで、津田のことを知っているのであろう。
「マスター、コーヒーね。うんと濃くしてくれる」
 アルファの中には、午前中のオレンジ色の太陽の光が差し込んでいた。津田
は心配そうな木島に向かって、笑顔を作りながら言った。
「大丈夫だよ。俺は犯人なんかじゃないよ。だったらこんなに早く釈放されるわけ
が無いだろ。俺が今ここに居るのが、何よりの証拠さ」
 コーヒーの準備に取り掛かっている木島に、津田は気になっていた事を尋ねた。
「ところで。洋ちゃん、相変わらず出て来てないのかい」
「ああ、相変わらず何の連絡も無いままなんだよ。どうしようか、津田ちゃん。警
察に相談してみようか、と思ってるんだが」
「そうか、やっぱり無いのか」
 手掛かりは全く無かった。白鳥洋子の行方はようとして知れず、犯人がどうやっ
て現金を手中にしたか、どうやってトリムの屋上から八木光江らしき女性を吊して
逃亡したのか、その経路も今だ全く不明である。このままでは津田の潔白を証明
するのも容易ではなかった。
 それに津田には、決して充分な時間が与えられているわけでは無い。浅見所長
にしぶしぶ了解させた一週間の休暇中に何とかしなくては、その後も今の生活が
続けられるかどうかは怪しいものである。ましてや誰一人味方のいない現状では、
一人で動き回り情報を収集するのも限界がある。津田は苦味の効いたコーヒーを
飲みながら、煙草をくゆらせ、一人あれこれ思案していた。
『ちょっとばかり厄介なことになってきたな……』
 窓の外では彼を尾行してきた刑事が、少し離れたビルの陰から、じっとそんな津
田の様子を伺っていた。

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2007年12月11日 (火)

RobbinⅠ-帝王の花嫁- 第六章(5)

 一瞬、本郷の頭の中が止まる。何処かで聞いたことがある名前なのだ。
「かまた……よしこ……!あ、あの」
 村上警部補が大きく頷く。
「そう。佐々木が言ってた例のトリム電子産業の、会長の愛人の一人だ」
「じゃあ、津田は犯人じゃなかった、ってことになるんですか」
「いや、断定は出来ない。津田が拘留中に事件が起きれば、津田は無関
係だと思われがちだが、犯人は複数なんだ。逆に津田が無関係ってこと
を、強調した可能性も充分にある」
「……ってことは、逆の考えも成り立ちますね」
「津田の心証を悪くさせて、我々にそう思い込ませる。捜査が自分達に届
かないように、ミスディレクションさせようって言うわけか」
「ええ。別に顔見知りだから、言うわけじゃないですが。我々を混乱させる
って意味じゃ、犯人達が津田を選んだのは正解でしょうね。まさしくうって
つけの人材ですよ」
 苦笑いしながら、村上警部補はそれまでの取り調べの様子を思い浮か
べた。たしかに本郷が言うように、余りにも自分達が捜査線上に初めて姿
を現わした津田という人間に、強い思い込みがあったのも事実であった。
もっともそれは、津田自身の個性に負うところも大きかったが。時として初
動捜査の誤りは、大きな時間と労力のロスを伴う。方向の見直しをするの
であれば今しかない。だがそれが正しいかどうかは一種の賭けでもあるの
だ。地道な捜査で得た幾多の情報を元に、正確に犯人への道を割り出さ
ねばならない。

 そして津田はその日の夕方、再び取り調べ室に通された。ややあって、
苦々しい表情の村上警部補が現われた。
「拘留延長ってとこですか。それとも正式告訴でもされるんですかね」
「いや、違うな。だが再度出頭してもらうと思うから、そのつもりでいてくれ。
表でマスコミ連中に捕まって大騒ぎにならんように頼むぞ。お前の釈放は
マスコミ連中には一切知らせてないんだ」
 村上警部補はそれだけを言うと、立ち上がってその部屋を後にした。やが
て津田本人にも意外だったが、拍子抜けするくらいにすんなりと仮釈放が
彼に知らされ、取り上げられていた彼の持ち物も返却された。
『何だ、一体どうなってるんだ』
 津田はまるで狐につままれたような気分だった。慌ただしく刑事達が行き
交う中を、彼は出口の方に向かいながら思案していた。
『何が起こったんだ。俺をこうも簡単に釈放するなんて……それに、どうやっ
てあのマスコミ連中の目を胡麻化してここから出て行けって言うんだよ。無
茶言うな』
 途方に暮れながら津田は、通路脇の簡易ベンチに腰を下ろすと煙草をふ
かせた。ライトらしきものがかなりの数、正面玄関の所で光っているのがわ
かった。マイクを胸の前にしきりに何事かをその光源向けて喋る、レポータ
ーかアナウンサーらしき男の背中も幾つか見える。どうやら派手な中継が
行なわれているようで、その話題の中心は容易に推測出来た。
「津田、こっちだ」
 声のした方を見ると、大橋刑事が手招きしていた。津田は吸いかけの煙
草を灰皿に落とすと一瞬左右を見渡した後、立ち上がって大橋刑事のいる
方に向かった。
「じゃ、これを着て……」
 言われるままに津田は、ジャケットを羽織り眼鏡をかけた。そして大橋刑
事とともに覆面パトカーに乗り込んだ。平然と運転席に座った津田は、車の
前に居座っていたマスコミ関係者に短くクラクションを鳴らし、場所を開けさ
せると捜査本部を後にした。

 途中の適当な場所で大橋刑事と別れた津田がひっそりと自宅に帰り着
いた頃には、もう夜になっていた。無雑作に積み重ねられた新聞を小脇に
抱えて部屋に入り、空気を入れ替えようと津田は窓を開けた。そしてコーヒ
ーを煎れる用意をしながら、彼は新聞の見出しに目を転じ、自分のことが書
かれている記事を目を皿のようにして隅から隅まで目を通した。
「何が『犯人の一味を逮捕』だ。いい加減にしとけよな」
 アルファの木島の煎れたコーヒーには遥かに及ばない茶色の液体を飲み
ながら、津田は丸一日以上に及ぶ、ほとんど徹夜に近い取り調べの状況を
思い出そうとしていた。

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2007年12月 9日 (日)

RobbinⅠ-帝王の花嫁- 第六章(4)

 そのころ捜査一課では、同じく睡眠不足の村上警部補達が、津田をどうす
るかを相談中だった。昨夜と言うより今朝は全員そのまま泊まり込みだった。
「どう考えたっておかしいですよ、警部。奴が犯人一味であることは、絶対に
間違いありません」
 そう毒づくのは沼尾刑事だった。その横で八木刑事は、小さなハンディケー
スの鏡を見ながらコンタクトレンズを目に入れ、痛さに顔をしかめている。それ
を横目に見た坂上刑事が、冷やかし半分に言う。
「八木、お前は眼鏡かけてる時の方がいい男だぜ」
 小さな笑いが、その部屋の雰囲気をほんの僅かになごませた。
「しかし……昨夜の桑田社長や佐々木常務達の調書を見ても、津田とこの犯
人とを直接結び付けられるような、具体的な証言は得られてませんね」
「確かにな。坂上、黒田専務の方はどうだったんだ。裏で敵対する立場の黒
田が出て来たんだ。何かあるんじゃないかと勘繰りたくなるんだが」
「ええ、結構ねばって追及してみたんですが、その調書に書かれてることくらい
しか…」
「結局二人とも、外出した時に車内電話で犯人から接触があった、って証言し
てるな。幾ら何でも、ちょっとタイミングが良すぎないか。張り込み班からの連
絡では、万が一の用心のために距離を置いてたんで、車内電話を彼らが使っ
たかどうかまでは気付かなかったと言ってる」
「犯人達が車で佐々木常務と桑田専務達を追跡して監視していたとしても、
そんなに大勢の犯人が暗躍してたとはちょっと思えませんがね」
「桑田社長も、中央高速上で犯人から車内電話で指示された、と言ってたな」
「……この調書によれば黒田専務は、あくまでも会社のため決断せざるをえな
かった、と言ってますね」
 本郷刑事が坂上刑事に尋ねた。坂上刑事は本郷刑事が言わんとしている
ことを理解し、小さく頷いて言った。
「これまでの敵対する立場を考えれば、ちょっと不自然かなとも思ったんだが、
やっこさんはそこまで悪党でもなさそうに見えたぜ。この前の殺人事件以来、
窮地に立たされてた社長の手助けを立場上せざるをえなかった、と言うことだ
わな。まあ確かにあの事件以来のトリムへの風当たりは、マスコミが興味半
分で煽ってるせいもあるだろうが、半端じゃないからな。本社交換台の電話は
常にパンク状態、正門前じゃあ以前雇用されてた人間の死因がトリムでの勤
務だったと抗議デモとビラ撒きやってるし、近所住民からの騒音苦情まで出始
めてる。現実的な代表者である専務としての立場を考えれば無理ないかもな」
「津田の拘留延長を申請しますか、村上警部」
「まだ何とも言えんな。もう少しギリギリまで状況を見てからだ。心証はクロだ
が、確かに正式起訴に持っていくまでの具体的な証拠がない」

 その日の午前中は、再び彼らは津田を正式に逮捕するための証拠固めに
飛び回った。だがそうそう簡単に、新たな手掛かりが得られるわけではなかっ
た。その日の夕方、八木刑事と本郷刑事が疲れ果てて署に帰って来た時、村
上警部補はブスッとした表情で、彼らを迎えた。
「実はさっき、上から連絡があってな。津田を泳がせてみたらどうか、と言って
きたよ」
「え、どうして。せっかく事件解決の糸口をつかんだばかりなのに」
 意外な上層部の動きに納得出来ない二人であったが、彼らの上司が既に上
層部とその件で大喧嘩をやらかしていたことなど知る由もない。その時、村上
警部補の机の上の電話が鳴った。村上警部補はしばらく小声で話した後、二
人に向き直ると言った。
「どうも浅見っていう、津田が勤めてる探偵事務所の所長が、上層部に圧力を
かけてきたみたいだな」
「何ですって。そんな奴に、上層部に圧力をかけるだけの力があるんですか。
たかが興信所の所長でしょ、信じられませんね」
「奴は弁護士連盟や検察庁の両方にえらく強いコネがあるようだ……たしかに
興信所と言っても千差万別だが、伝説の岩井三郎事務所のような、かなりまと
もな所みたいだな。主には弁護士連盟から依頼された裏付け調査を主にやっ
てるらしい。その辺のコネを利用して、上層部に圧力をかけたってわけさ。今の
ままでは津田を証拠不充分で釈放せざるをえないだろうから、こちらの体面も
考えれば、マスコミにはこの事実はあくまで伏せといて、津田を泳がせて極秘
裏に捜査を進めた方が……だとよ」
「そんなに上手くいきますかね。津田の顔はもうマスコミ連中にはバレてるんで
すよ。昨日からワイドショー番組で派手に放送してますからね」
「知ったことか!津田がそうおいそれと仲間と接触するとは思えん。かと言って
電話の盗聴は、立場上ちょっとまずいしな」
「津田の言ってることは、本当だと思われますか」
「犯人と何の関係もないとは正直言って信じがたいな。奴だって、知ってること
全てを馬鹿正直に最初から我々の前にさらけ出すほど、素直じゃなかろう。だ
がもしも奴が言ってることがある程度本当だとすれば、奴は犯人一味かそれに
近い関係者と会ってるわけだ。さっさと海外逃亡でもしない限り、奴らも念を入
れて津田の周辺を見張ってるだろう。釈放された奴を黙って放っておくとも思え
んのだが。ま、これまでの犯人達の情報網を信じれば、だがな」
「何かが津田の周辺で起こる可能性がある、ってことになりますね」
「ところで奴ら、奪った現金をどうするつもりでしょうか」
「さあな。どっちにしても長丁場になるだろう。紙幣のナンバーはあの後すぐに
全国手配してるが、犯人達だって当分うかつにしっぽは出さんだろうな」

 その時、入口のドアが開き、青い顔色で大崎係長が姿を現わした。
「おう、御苦労さん」
 村上警部補は労をねぎらいそう声を掛けたが、大崎係長は黙って彼らの所
にやって来ると、村上警部補にそっと耳打ちした。
「……!何だと、本当かそれは」
「はい、残念ながら間違いないようです」
「何か?」
 本郷が尋ねた。大崎係長は、昨夜多摩川で発見された女性絞殺死体の現
場検証に出向いていた。刑事達が一つの事件にかかりっきりになれる推理
小説の世界と、現実は異なるのだ。本郷とてトリム事件の他に担当事件を四
つ、掛け持ちで動いている。
「今朝、多摩川に浮かんでた女性の絞殺死体なんだが、身元が割れてな」
「はい」
「鎌田芳子だった」

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2007年12月 8日 (土)

RobbinⅠ-帝王の花嫁- 第六章(3)

 津田はわざとその質問には答えなかった。
「それは簡単にはお教え出来ませんね。下手すれば私がその手口を使って
犯行を行なったということになって、殺人事件の犯人に仕立て上げられちま
うかもしれませんからね。私の容疑が濡れ衣で、善意の第三者の役まわり
だった、と認めてくれるんなら話は別ですが」
「偉そうに、交換条件を出そうってのか。思い上がるのもいい加減にしとけ!
お前は重要参考人なんだぞ。状況はどうあれ、お前が今回の現金受け渡し
の片棒を担いだことは事実なんだ」
「だから、私は単なるスケープ・ゴートにされただけだ、って言ってるでしょう」
「じゃあ、あくまで現金の持ち出し方法も知らん、というわけだな」
「当たり前だよ。第一、どうやって私があの状況で、現金を盗めるんですか」
「誰もお前が盗んだとは言ってない。だが中央高速道路のサービスエリアを
使った現金分散の後、我々の注意があらかじめ犯人が指定した現場に現わ
れた、お前の方に向いていたのは事実だ。その隙に共犯者が、何らかの方
法で現金を隠匿した可能性も否定出来ない」
「あのねえ、言っときますけど、私の職業は手品師じゃないんですからね」
 津田が皮肉をこめて言う。
「今に化けの皮が剥がれるさ。桑田社長、黒田専務、佐々木常務達にも並
行して事情聴取を行なったんだ。その結果がここに届いてる」
 村上警部補はファイルを、目の前の津田に見せた。
「彼らが私に脅されて犯行に加担した、とでも証言したんですかね」
「かもな……」
「なるほど。いかにも世間体を気にするセコいあんた達の考えそうなことだ」
「何だと!」
「犯人を捏造しようってわけだ。これだけ世間の注目を集めてる事件だから、
犯人にしてやられたなんてことがばれると、立場上まずいですからねえ。寃
罪でも何でも、兎に角、犯人をでっち上げてでも体面を保とうってわけだ」
「言わしておけば、貴様!」
 本格的な殴り合いでも始まりそうな険悪な雰囲気になったが、そのタイミ
ングを外すように、その部屋のドアが小さなノックの音をさせた後、大橋刑
事が入って来て、村上警部補に何事か耳打ちした。村上警部補はちょっと
意外そうな顔をしたが、やがて小声で「わかった」と言うと津田の方を向き
直った。同時に、大橋刑事に耳打ちされた本郷と沼尾が、慌ただしく部屋
から出て行った。
「津田。もう夜も遅い、今晩もここに泊まってもらうぞ」
 そう言われて津田が腕時計を見ると、時刻は午前三時半を指していた。
昨夜双葉パーキングエリアで捕まって以来、丸一日以上ずっと彼らと一緒
だったわけである。それに取り調べの連続でほとんど眠れていない。頭が
ボーッとして、自分の意思とは無関係に勝手に口だけが警察相手に喋って
いるような気がした。思考能力も麻痺しかけている。
「もう、あと数時間で朝じゃないですか。それに腹が空いてきましたよ。何か
無いんですか。それに折角のお申し出ですが、私は人一倍帰巣本能が強
いタイプの人間なもんですから、出来れば帰らせてもらいたいですねえ。尾
行や見張りをつけていただいても、一向に構いませんから。ねえお願いしま
すよォ」
「お前が潔白だと証明されればな。すぐにでも釈放してやる」
「もちろん、私の言ったことを警察がそう簡単に信用するなんて、甘い考えは
持ってやしませんよ。でも多分あの三人の証言で、私の言ってることが嘘じ
ゃないって、判ってもらえると信じてますがね…」

 その日の取調べが終わった後、津田はすぐに横になったものの、寝付か
れずに結局、朝の七時前には目を覚ましてしまった。身体の方は疲労感が
全く取れていないのだが、精神的に高ぶってしまっているせいか、それ以上
は眠ろうとしても眠れなかった。捜査がどのように進展しているのか、今の
津田には知る術はないが、まんまと犯人の策にはまったことだけは確かと
言わざるを得ない。
『まだ警察は奴の存在には気付いてないようだな、それとも奴らの隠し玉で
出てくるのか。確かに単独犯じゃあ、無理な部分もあるが……』

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2007年12月 7日 (金)

RobbinⅠ-帝王の花嫁- 第六章(2)

「馬鹿な。どう考えても複数犯でなければ不可能なことだ」
「どうしてそう言い切れるのか、その根拠を伺いたいね。俺だって職業柄、
多少のことは想像出来る。俺には、何故あんた方がそう複数犯説を支持
するのかが判らんよ。状況は今までの誘導訊問から、大体は想像つくか
らね」
「まず第一に、トリムの屋上から吊した女だ。もたもたと休み休み、五十
キロ弱の重さの死体を担いで屋上まで運ぶのが、一人で行なったにして
は余りに鮮やか過ぎることだ。血の一滴たりとも落としちゃいないし、屋
上周りに僅かに痕跡を残した以外は、目撃者も皆無だ。それゆえに複数
の人間が担いで行なった可能性が強い。侵入経路と逃走経路の断定は
まだ出来てないが、判明は時間の問題だろうな。
 第二に、今回の犯行だ。単独犯がこうも我々の裏をかいて、現金入りの
トランクの中身だけをせしめられる筈がない。我々の行動を監視する為に
は単独犯では不可能なんだ。中央高速上の三台の車の状況を掴み、な
おかつ細かい指示を車内電話を使って彼らに出す為にはな。自動車電話
を乗せた車で中央高速を走り、状況を見守ってる人間がいたはずだ」
「いたはず、ですか……ふうん、要は推測でしかないわけだ。確たる証拠
があるわけじゃあ無いんですね」
「じゃあ、津田。お前はこれが単独犯の犯行だ、とでも言うのか」
「断定はもちろん出来ないけど、単独で可能だと思いますよ。前提が必要
だけどね」
「ほう、どういう前提だ」
「第一の犯行では、被害者の協力があることですね」
 平然と津田は、とんでもないことを口にした。
「馬鹿な。何が被害