イーグルからの帰還 4
次の日は、不思議な事に取り調べはなかった。遂にあきらめられたんだろうか
……。兵士がやって来て、いきなり銃殺されるんじゃないだろうか、っていう気持
ちで、逆に僕はビクビクしていた。
その次の日の夕方、不意に兵士が二人やって来た。
『殺される!』
僕は直感的にそう思った。いつまでもこんな僕らに関わっていられないのだろう。
錠を外す音が、静まり返った独房内に響く。
「出ろ!」
兵士の一人が、銃で手招きしながら、そう言った。僕は観念して立ち上がると、
言われた通りにした。今さらじたばたしたって、逃げられるわけでもなかった。銃を
背中に突き付けられたまま、僕はその独房から出て、歩かされた。でもいつもの
取調室へ行く道ではなかった。
急に、広い庭に出た。きれいな花壇だ。噴水もある。大きな木が何本か植えられ
ていて、小鳥がさえずっている。まるで、ペルシャか何処かの王宮の庭のような感
じだ。一瞬、夢の世界にでも紛れ込んだような気がした。
庭を横切り、その白亜の建物の中に入る。絨毯の感触が足に心地よい。突き当
たりには大きな風景絵がかけられ、その両側にブロンズの等身大の女性像がある。
突き当たりを右に曲がる。すぐ左に階段があり、そこを登って二階に行く。二階に出
て、さらに左側にしばらく歩く。広い建物だ……。行き止まりに部屋がある。僕の前
にいた兵士が、そのドアをノックする。
「連れて来ました」
「お入り……」
若い女性の声がした。どこかで聞いたような……。ドアが開かれる。兵士がうや
うやしく遠慮がちにその部屋に入る。僕も背中の銃に押されて続く。
「御苦労様でした。あなた達は下がっていなさい」
「はっ!」
と、兵士は二人ともその部屋から出て行った。その女性は、僕に背を向け、ベッド
に腰掛けたまま、窓の外を眺めていた。彼女は不意に立ち上がると、僕の方を向い
た。
『アデニー!』
僕は心の中で叫んだ。多分、唖然とした表情をしていたんだろう。彼女がクスッと
笑う。
「そんな所に立ってないで、お座りなさいな……」
と、ソファーを指差した。
「どうして、君が……」
狐につままれているような気分だった。なぜ、この娘がここに……?
僕の前のソファーに腰掛けた彼女と、僕は向かい合う形になった。
「苦労したのよ、貴方を釈放してもらうのに」
「釈放?」
「そうよ。もっとも、私のそばにいる事が条件だけど……」
「君は一体?」
「私?……この国の王女よ。一人娘、と言ったところかしら?」
笑顔の似合う女の娘だ。僕は矢継ぎ早に質問を浴びせた。
「何故、僕を釈放したの?危険人物かもしれないのに……」
「貴方に興味を持ったのよ。だからお父様を説得したの」
「他のみんなは?」
「心配ないわ。みんな無事よ。そのうち、会わせてあげるから……」
「この国は、モラビア連邦共和国、って言うの?」
「そうよ」
「今、西暦何年何月何日?」
「西暦19××年8月12日よ、今日は」
「この国の緯度は?」
「そうね……北緯15度から40度位まであるかしら」
「この国は、何年位前からあるの?」
「お父様で52代目かしら……。西暦以前から、あるわ」
そんなやりとりの後、僕はフッと、壁に貼ってある世界地図が目に止まった。
「これが、世界地図なんだね……」
「そうよ……よく見て」
見た瞬間、やっぱり、いの一番に日本を探してしまった。
『あった!』
日本は確かに存在している。形もいっしょだ。
「アデニーさん、いや、姫」
思わず、僕は叫ぶように尋ねた。
「この国の名前は?」
僕は、世界地図の中の日本を指して、聞いた。
「アトラス王国」
彼女はすぐさま答えた。
「アトラス…王国?」
「そこなの?貴方が言っていた『日本』って言う国は?」
「そうだよ。この国で、僕は生まれ育ったんだ」
「それは、違うわ」
彼女は即座に否定した。えらく自信たっぷりに。
「どうして?」
「だって、アトラス王国は、黒人だけの国よ。黒人以外の人種に永住権は与
えていないはずだわ」
「え?!」
もう、頭が爆発するんじゃないかと思ったくらい、ショックだった。気を取り直
して、アメリカのちょうどグランドキャニオンあたりを指して、僕は念のために
尋ねてみた。
「僕達は、今、ここだろう?」
彼女は首を横に振った。
「じゃあ、こっち側?」
僕はニューヨークとかアトランタの付近を指差した。
「全然、違うわ」
「え?そんな馬鹿な……。じゃ、今、何処にいるの?」
「ここよ……」
彼女は立ち上がると、僕の左側に来て、地図のある一点を指差した。
「え!?」
僕は絶句してしまった。頭が現実について行けない。
「でも君は、北緯15度から40度位、って言ったじゃないか!」
「そうよ……」
彼女はけげんそうな顔をした。
「だから、北緯15度から40度、って言うのは、この辺なのよ」
彼女が指差した所、そこは、僕らの世界では、こう呼ばれている。
『オーストラリア』……と。

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